自分を超えた大きな力

自分を超えた大きな力(自分を超えた偉大な力) — a Power greater than ourselves
ハイヤーパワー — Higher Power
自分なりに理解した神 — God as we understood Him

AAメンバーにとっての共通の問題であるアルコホリズムを解決してくれる超自然 的な存在。すなわちである。ステップ2では「自分を超えた大きな力(あるいは 自分を超えた偉大な力)」、ステップ3では「自分なりに理解した神」と表現されている。1) またしばしば「ハイヤーパワー」と表現される。2)

宗教はそれぞれに自分たちの神概念を定義しその説明を行うが、AAは宗教ではないため、AAメンバー一人ひとりが自分なりの神の概念を選び取っている。従って「AAの神の概念」といったものはなく、それを定義したり説明することは不可能である。そこでここでは本居宣長 (1730-1801)が『古事記 』の記述にもとづいて神の定義を帰納 的に導き出したように古事記伝 ビッグブックの記述から12ステップの神の概念をその機能の面から規定してみることにする。

ステップ1では「アルコールに対する無力」を認めるが、それは自分の意志や努力、哲学や道徳、生きる目標や善意などの「自分に由来する力」「人間の持つ力」ではアルコホリズムを解決できないことを受け入れることを意味する。3)

無力を受け入れることで、自分とは別の、自分を超えた存在(=力)が、アルコホリズムを解決してくれることを信じるステップ2への道が開ける。4)

ステップ2では、その力は、

    • 自分を超えた存在であり(自分と同レベルや自分より下の存在ではない)
    • その存在は自分のアルコホリズムという問題を解決しうる

という二つの属性を備えていると説明している。5)

したがって、ステップ2では、これらの条件を満たしているものであれば、何を自分の信じる神として選んでも良い。実際にAAのテキストでも、AA共同体やAAの特定のメンバー(e.g. スポンサーをハイヤーパワーとして選んでも良いと述べている。6) そのような最低限の信仰心でも良いのである。

ただし、それは「回復のスタート地点に着く条件」を満たしたというだけであり、回復するにはそれで十分だとは述べていない。7) 最初の神概念の獲得は回復の始まりに過ぎないのである。

AAのテキストには「まだAA共同体をハイヤーパワーにしている人たち」という表現がある。このことは、AA共同体をハイヤーパワーと捉えて12ステップに取り組み始めても良いが、やがてその人はそのハイヤーパワーの概念の不十分さに必ず直面せざるを得なくなり、それによってその人の持っている神の概念が変化し始めることを示している。8)

その人が12ステップに取り組んでいけば、自ずと現在持っている神の概念に不十分さを感じ、それを棄てて、新しい神の概念を得ようともがく時がやってくる。このプロセスを繰り返して、その人の神の概念は次第に変化し、成長していくことになる。しかしながら、神を完全に理解することはできないと明言されてもいるので、いかに成長を重ねようとも人間は神を完全に理解する境地には達せないのである。9)

多くのAAメンバーの回復の様子を観察していると、長い時間をかけてその人の持つ神の概念が宗教的な神の概念に近づいていく様子がうかがえる。それは人間には普遍的な神の概念が組み込まれていることを意味しているのだと思われる。10) だが12ステップは最初から十全な神の概念を提示しようとはせず、一人ひとりがそうした概念の獲得を目指して進んでいくことを求めているのである。11)

12ステップは、アルコホーリクに「神を演じることをやめる」ことを要求している。12) すなわち、アルコホーリクは神ではないのに神を演じようとしているというのである。人間は生きていれば必ず何らかの悩みや苦しみを抱えることになるが、アルコホーリクはそうした悩みは「自分が十分な力(能力)を身に付けてことが原因となって生じているのであり、十分な力を得ることさえできれば、自分で解決できる(自分で解決しなければならない)」と考えている、とAAのテキストは説明している。13) すなわちアルコホーリクは人間の持っている本質的な有限性を拒否しているのである。それに対してAAのプログラムは、有限性が悩みや苦しみをもたらすのではなく、自らの限界を拒否することが悩みや苦しみの根本原因だして、自らの有限性を受け入れる必要性を説くのである。12)

この有限性はアルコホリズムに対してのみならず、その人の生活全般や人生まで及ぶ。単にアルコホリズムという病気を解決できないというだけでなく、そもそも人生というものは本人ですら完全にコントロールできるものではない、という思想である。しかしながら人生や生活がある程度はコントロールされなければ、人は無秩序のなかに生きるほかなく、やはり苦しみが生まれてしまう。それゆえ、人生は何者かによってコントロールされる必要がある。そこで、12ステップでは、自らの生活や人生に対するコントロールを神に明け渡し、神によって自分の生活や人生がコントロールされることを理想とするのである(ステップ3)。そのことから、ハイヤーパワーとは、その人がどう考え、どう生きれば良いかを知っている存在であり、人は神の意志を受け取って、それを遂行する実行者(agent)として生きるときに最も幸せであることになる。14)

従って12ステップでは、神への理解を深めるとともに、神の意志を知り、神の助力を得ながらそれを実行に移すことを目指すことになる。結果として、12ステップに継続的に取り組む人の持つ神の概念は次第に宗教性を帯びることになる。何らかの宗教の信徒になることを選ぶ人もいるし、もともと持っていた信仰に戻る人もいる。一方で、宗教とは距離を取りつつ自分なりの神への信仰を深めていく人も多い。15)

結局のところ12ステップはそれに取り組む人にある種の信仰を身に付けさせるプロセスになっている。\16) しかし、AAはメンバーに信仰を身に付けるように強制することはない。それを強いるのは、その人の持っているアルコホリズムという病気だけである。

参照:
ビッグブックのスタディ (41) ビルの物語 12
ビッグブックのスタディ (42) ビルの物語 13
ビッグブックのスタディ (75) 私たち不可知論者は 2
ビッグブックのスタディ (76) 私たち不可知論者は 3
ビッグブックのスタディ (77) 私たち不可知論者は 4
ビル・Wに問う (8) 不可知論者と神
ビル・Wに問う (32) AAは宗教なのか?

外部リンク:
Higher Power


  1. 自分なりに理解した(as we understood Him)の部分は強調表示をすることが要請されている。日本語であればゴシック体や太字、英語であればイタリックや下線などで強調表示を行う。[]
  2. AAやNAでは中黒 を挟まないが、その他の共同体では「ハイヤー・パワー」と表記しているところもある。[]
  3. BB, pp. 66, 90; PFY, p.76.[]
  4. BB, p.66.[]
  5. BB, pp. 66-67.[]
  6. 12&12, pp. 38-39.[]
  7. BB, p.69.[]
  8. 12&12, p.126.[]
  9. BB, p. 68.[]
  10. BB, pp. 80-81.[]
  11. 近年では進化心理学や人類学の立場から、人間の脳には信仰を持つメカニズムが組み込まれているという主張が行われている。[]
  12. BB, p.90.[][]
  13. BB, p. 77.[]
  14. BB, pp. 72-74.[]
  15. BB, pp. 42-43.[]
  16. 12&12, p.48.[]
同義語:
自分を超えた偉大な力, ハイヤーパワー, ハイヤー・パワー, 自分なりに理解した神, a Power greater than ourselves, Higher Power, God as we understood Him
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Posted by ragi