ビッグブックのスタディ (42) ビルの物語 13

ビルの抵抗がもたらした価値

ビル・Wは、エビー・Tの示してくれた解決を受け入れました。それは、アルコホーリクが自力でできないこと断酒を、何らかの力(=神)が可能にしてくれるというものでした。しかしビルは、宗教的な神の概念には、まだ強い抵抗を感じていました。

ここで私たちの多くは、ビルの頑固さに感謝しなければなりません。なぜなら、ここでもしビルが素直にキリスト教 の神概念を受け入れていたとしたら、その後ビルが始めたAAはキリスト教の一部となり、私たちアルコホーリクがAAで助かろうと思ったら、キリスト教に入信しなければならなくなったはずだからです。それは、多くのアルコホーリクにとって、飛び越えるには高すぎるハードルとなったことでしょう。そうならなかったのは、ビルの頑固さのおかげです。

AAが始まった後でも、この運動をキリスト教のものとして位置づけるべきだと考えた人たちはいました(e.g. フィッツ・M)。現在でもアメリカではそういう人たちは少なくないようです。それに対して、ビルは、以下のように述べています:

 AAは、飲んだくれて教会に行かなくなった数千人ものキリスト教徒を元の教会に戻しました。また無神論者や不可知論者が信者になりました。その一方で、仏教や、イスラム教や、ユダヤ教を信じる人たちの中から優れたAAメンバーがたくさん現れました。たとえば、もしAAが公式に自分たちの運動をキリスト教の運動として厳密に性格づけていたとしたら、日本の仏教徒のメンバーたちが、はたして私たちの仲間になっていたかどうかは大いに疑問です。
 このことは、もしAAが仏教徒たちの中で生まれ、あなたがAAに参加したいと思っても、仏教徒にならなければダメだと言われたらどうなるかと想像してみれば、容易に納得できることでしょう。もしそういう状況のもとで、あなたがキリスト教徒のアルコホーリクだったとしたら、おそらくAAにつながるのをあきらめて、死んでしまうでしょう。
――ビルの手紙 1954年1)

つまり、ビルの強情さは、世の多くのアルコホーリクの役に立ったということです。

宗教的なメッセージから霊的なメッセージへの変化

エビーは酔っ払いのビル相手に何時間も話し込みました。それでもビルはまだキリスト教の神概念を受け入れる様子はありませんでした。おそらくエビーはうんざりしたのでしょう。そんな彼が次に放った言葉は、とても重要な意味を持ちます。

 友人は、その時のぼくには珍しい考えとしか思えなかったことを言った。
 「自分で理解できる神の概念を選べばいいんだ」2)


My friend suggested what then seemed a novel idea. He said, “Why don’t you choose your own conception of God?”3)

それまでエビーは宗教の話をしていました。宗教は「これを信じなさい」と言います。しかし、すでにエビーは宗教の話ではなく、霊性(スピリチュアリティ)の話をしています。ビルが何を信じていようとかまわない。大事なことは、ビルが自分より偉大なを信じるつもりがあるかどうかだ、とエビーは言いたかったのです。

宗教というものは、その宗教に属する人たちが皆同じものを信じることを要求します。違うものを信じる人は、その中にいられません(排他性がある)。宗教においては「何を」信じるかは大事なことなのです。

一方で、霊性(スピリチュアリティ)は、宗教より広い概念です。必ずしも他の人と同じものを信じることを要求しません。自分なりの神の概念を選んで構わないのです。何を信じるかではなく、何かを信じるつもりがあるかどうかが大事です。

これはエビーが運んでいたメッセージが、宗教的なメッセージから、霊的スピリチュアルなメッセージに変化した歴史的な瞬間でした。ビルはすでに自分なりの神の概念を持っていましたから、それでオーケーだと言われれば、それ以上の議論をする必要はありませんでした。

12ステップが広まったのは、自分なりの神の概念を使うことが許されているからです(アダプタビリティが高いと言える)

啓蒙思想の限界

その続きです:

 ぼくははっとなった。これまでぼくが長いことその陰に隠れて、震えながら生きてきた知性の氷山が、この時解けた。ようやくぼくは太陽の光の中に立ったのである。4)


That statement hit me hard. It melted the icy intellectual mountain in whose shadow I had lived and shivered many years. I stood in the sunlight at last.5)

ここに出てくる知性(intellectual)という言葉は、ビルの考えの変化を象徴しています。ここでは intellectual を知性(的)と訳していますが、理性(的)と訳されることもあります。

無知な人間に知をもたらせば、その人は理性 (知性)を使って自律的に生きるようになるという思想を啓蒙思想 (あるいは啓蒙主義)と呼びます。ここで無知とは、封建制度の価値観や聖書の権威に縛られて生きていることです。中世の時代には、人はそうした権威に従って生きれば良いとされていました。それに対して啓蒙思想は、個人の理性に価値をおき、教育することで人に知をもたらせば、その人は理性を使って合理的に考えて行動するようになり、それによって旧来の価値観から解放されると考えました。自分で自分を律すること、すなわちこそが人の生きるべき道であるというわけです。

啓蒙思想は、科学や近代哲学や近代教育の発展によって広がり、いまの私たちにとっては当たり前の考え方となっています。例えば、人権とか民主制という概念も、啓蒙思想があればこそ生まれてきたものです。

ただ、啓蒙思想は理性に重きを置くので、理性の枠に収まらないもの(感情とか信仰など)の価値には否定的です。理性的に考えて行動しなければ自律的でないと見なされてしまうわけです。だから合理的に考えることで自律的に生きたいと願っている近代人にとって、戒律を与えて守らせようとする宗教は古くさい、邪魔な存在になってしまうのです。

ビル・Wは、少年の頃から無線機や銃を好み、マサチューセッツ工科大学 を目指しました(合格できずに他の大学に進みましたが)トーマス・エジソン の研究所に採用されたこともあるほどの、科学や技術を信奉する人間でした。当然彼は自分の理性や、自分の考える力を頼り、それを誇っていました(p.11)。啓蒙主義を信奉するタイプの人は、自律、すなわち自分をコントロールできることに価値を置きます。だからビルは、もう酒は飲まないと決めたのに再飲酒してしまったときに、心底愕然がくぜんとしました(p.8)(第二章では、ローランド・Hが、自分自身のコントロールを切望する人間として描かれています(pp.39-40))。

誰でも酒をコントロールできるのに、ビルは酒のコントロールができず、断酒すら続けられませんでした。そこにはビルの自律性の完全な敗北があります。しかも、彼の頼りにしていた科学(医学)は彼を救えないことがハッキリしていました。主治医のシルクワース医師からそう聞かされた(p.11)だけでなく、当時の精神医学の最高権威の一人であるカール・ユング医師も同じことを言った(p.40)、とエビーから聞かされて、ビルの絶望と敗北は確定的なものになりました。

科学や技術は万能ではなく、明らかな限界を備えています。また、人の合理性に限界があることも明らかです限定合理性 。それらによって、啓蒙主義にも明らかな限界がもたらされます。もちろん、人間が合理的に考えて行動することはとても大事なものですが、その限界も意識されなければなりません。「私たちは理性によっていろいろなことをするが、その根本にどんなによい精神があったとしても、何もかも理性に頼ることはできない」(p.80)のです。なぜなら、理性だけに頼って生きていくことは、アル中にとっては死を意味するからです。

AAにはいろいろな逆説がありますが、敢えて自律を手放すことによって、むしろ自律(アルコールからの自由)が手に入る、というのもその一つでしょう。近代社会において啓蒙思想を刷り込まれている私たちは、自分自身だけでなく、様々なものをコントロールしたいという欲求を持ちます。それが自分の力への過信をもたらすのです。自分の身ですら十分に処せないというのが、私たちの真実の姿であるにも関わらずです。

エビーの言葉は、ビルの理性の氷山を溶かし、ビルは真実の光に照らされたのでした。

アメリカ文明史が専門だったアーネスト・カーツは『アルコホーリクス・アノニマスの歴史』で、アメリカを啓蒙主義の時代の新国家と位置づけた上で、AA誕生の時代にはすでにその思想が限界を迎えていたことを論じています。6) また、ジョー・マキューは、ステップ1の説明において、人の持つコントロール欲求を、自分の能力への「過信」として説明しています。7)

12ステップは、科学や哲学(理性)を否定しているわけではありません。科学や理性を信頼した上で、その限界を強く意識することを要求するのです。(もちろんその限界は個々人によって大きく違っているのは当然として)。

信じてみようという意欲が土台になる

 自分より偉大な力を信じる意欲さえあればいいのだ。始めるのには、そのほかには何も必要ない。そこから何かが育ち始める。真剣にやる気があれば、この友人のようになれるかもしれない。ぼくもなれるだろうか。もちろんだ!8)


It was only a matter of being willing to believe in a Power greater than myself. Nothing more was required of me to make my beginning. I saw that growth could start from that point. Upon a foundation of complete willingness I might build what I saw in my friend. Would I have it? Of course I would!5)

自分より偉大な力を信じてみようという意欲さえあれば、それがどんな力でも構いません。は、それで十分です。(ずっとそれで良いとは言っていません。これはスタート地点(starting point)の話であって、ゴール地点の話ではありません)。

12ステップがうまくいくのは、これが自分が理解できる神の概念を使うことが許されているからです。自分が理解できる神の概念に対して、人は抵抗を感じません。(もし抵抗を感じるとすれば、それは自分の理解を超えた神の概念を使おうとしているからにほかなりません)。

spiritual structure
by fancycrave1 from Pixabay

さて、「真剣にやる気があれば、この友人のようになれるかもしれない。ぼくもなれるだろうか。もちろんだ!」の部分は、いわゆる超訳になっています。もうすこし直訳調に訳すと:

完全な意欲という基盤さえあれば、その上に、ぼくだってこの友人の中にある建物と同じものが建てられるだろう。ぼくにもそれだけの意欲があるだろうか? もちろんある。だから、きっと建てられるはずだ!

ビルは、12ステップに取り組むことで得られるハイヤー・パワーとの関係を、「心の中に霊的な建造物を建てる」と表現しています。この建造物という表現は、ステップ2と3と5でも登場します(p.69, p.90, p.109)。現在の超訳的な訳出は誤訳とまでは言えませんが、霊的な建造物というビルの表現を味わえないのは残念です。

p.18の10行目、「友人は、その時のぼくには・・・」から、次のページの1行目の「ぼくもなれるだろうか。もちろんだ!」までが、ビルのステップ2の表現だとされています。

このようにして、ビルはステップ2を済ませました。しかし、彼はまだ酒を飲んでいる状態でした。11月11日に再飲酒し、11月の終わりにエビーがやってきました。ビルはその後も2週間ほど飲み続け、12月11日にタウンズ病院に最後の入院をしました。エビーの訪問から入院までの約2週間に何が起きていたのか、次回はビルの入院までの動きを追います。

今回のまとめ
  • エビーは、自分なりの神の概念を選びとることをビルに勧めた。
  • これによって、宗教的なメッセージが、霊的なメッセージに転換された。
  • 多くの人は「自分なりの神の概念」をすでに持っており、それを使えるようになったことで、12ステップに取り組める人の数は飛躍的に増えた。


  1. AAWS(AA日本出版局訳編)『ビルはこう思う』, AA日本ゼネラルサービス, 2003, p.34 []
  2. BB, p.18 []
  3. AA, Alcoholics Anonymous: The Story of How Many Thousands of Men and Women Have Recovered from Alcoholism, AAWS, 2001, p.12 []
  4. BB, p.18 []
  5. AA, p.12 [] []
  6. アーネスト・カーツ(葛西賢太他訳)『アルコホーリクス・アノニマスの歴史――酒を手ばなした人びとをむすぶ』, 明石書店, 2020, pp.266- []
  7. ジョー・マキュー(依存症からの回復研究会訳)『回復の「ステップ」』, 依存症からの回復研究会, 2008, pp.16-17 []
  8. BB, pp.18-19 []

Posted by ragi