ビッグブックのスタディ (55) 解決はある 8
よくある質問
前回まで、第二章のステップ1の概論部分を扱ってきました。その内容は、アルコホリズムが、身体のアレルギーと精神の強迫観念という二つの側面を持った病気であるという説明でした。ステップ2に進む前に、ステップ1のよくある疑問に答えておきます。
質問その1:AAはアルコホリズムを、身体的・精神的・霊的という三つの側面を持った病気だとしているが、これまでのステップ1の説明には身体のアレルギーと精神の強迫観念しか出てこなかった。霊的な病気という側面はどうなったのか?
質問その2:ステップ1ではアルコールに対する無力を認めれば良いだけか? 実際には私たちはアルコール以外のことに対しても無力ではないのか、それらに対しても無力を認める必要はないのか?
どちらも、よくある質問です。順番に答えていきましょう。
霊的な病気
ビッグブックで霊的な病気(spiritual disease, spiritually sick, spiritual malady)という言葉が出てくるのは、第五章の93ページが最初で、これはステップ4の棚卸しの説明の部分です。
霊的な病気という概念は、AAがオックスフォード・グループから受け継いだものです。オックスフォード・グループでは「罪」と呼ばれており、私たちとの神との関係を妨げるもの、および私たちと他者との関係を妨げるものを指しました。またそれは、肉体的な病気のように人から人に伝染すると考えられていました。
アルコホーリクは全般的に宗教を毛嫌いするものです。宗教に近寄ると回心させられるのではないかと、警戒心を持っています。ビル・Wは、そのことを良く理解していたため、オックスフォード・グループが使っていた伝統的な宗教の用語を、アルコホーリクが受け入れやすい言葉に置き換えました。(e.g. 降伏する→神の配慮にゆだねる決心をする、償い→埋め合わせ、証しをする→メッセージを運ぶ)1)
そして、罪という言葉も「霊的な病気」へと言い換えられました。そして、自分と他者との関係を妨げるものであることや、人から人へと伝染するということは強調しなくなり、もっぱら「自分とハイヤー・パワーとの関係を妨げる障害物」と説明するようになりました。2) ステップ4以降ではしばしば「掃除(house cleaning)」という言葉が出てきますが、それは自分の内面にあるそれらの障害物を取り除くことで、ハイヤー・パワーと触れ合えるようにする作業を意味します(具体的にはステップ4~9および10を指す)。
12ステップにおいて、霊的な病気とは、具体的には恨みや恐れや罪悪感、およびそれらを作り出す原因となっている利己心や不正直さなどの性格上の欠点のことを指します。ですから、霊的な病気は、医学的な意味での病気ではありません。人間の持つ根源的な自己中心性のことであり、宗教的な意味合いが強いのです。
AAのステップ1は、シルクワース医師がビル・Wに与えた情報が元になっています。シルクワース医師は「医師の意見」や彼の論文で、医学の立場から身体のアレルギーと精神の強迫観念について述べました。しかし彼は、霊的な病気という概念には触れていません。
ステップ1では、霊的な病気という側面は扱わず、身体と精神という二つの側面だけを扱います。つまり、無力ということを説明するのに、霊的な病気という概念を持ち出す必要はありません。
ステップ1はアルコールに対する無力を認めるステップ
このことについては、すでに第34回で扱っていますが、もうすこし掘り下げておきます。
ステップ1では、アルコールに対する無力を扱っていて、アルコール以外のことに対する無力については扱っていません。ですから、ステップ1ではアルコールに対する無力であることと、そのために思い通りに生きていけなくなっていたことを認めれば十分です。アルコール以外のことにまで無力を認める必要はありません。
むしろ第二章には、アルコホーリクであってもアルコール以外のことについては他の人と変わらない、という表現が目立ちます。列挙してみましょう(下線は筆者)。
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- しらふの彼は世界で最も素晴らしい人間であるかもしれないが、飲んでしまったら最後、危険な、吐き気のする、反社会的存在に変わることが多い。(pp.32-33)
- 酒以外の事柄については、実にまともだし、バランス感覚もとれているのに、酒がからむと、信じられないほど不正直で自分勝手になる。(p.33)
- 他のことについて示すことができている常識と意志の力は、いったいどうなってしまったというのか。(p.34)
- アルコホーリクも数ヵ月か数年、酒をやめることがあるが、たしかに酒を飲まずにいるかぎりは、大体ふつうの人と同じように振る舞える。(p.34)
- 彼は他のことに関しては非常に理性的で、バランスがうまくとれているようだった。でもことアルコールに関しては、全くコントロールを失っていた。(pp.39-40)
アルコホーリクといえども、アルコール以外のことについては、常識を備え、意志の力を使える人たちであり、普通の人たちと同じだと言っています。アルコールに関しては、強迫観念があるので、いつまた酒を飲み出すか分かりませんが、それ以外の点では、ノン・アルコホーリクと変わらないのです。
もちろん、アルコホーリクが、アルコホリズムになる前は全員が普通の人だったとは言えません。他の問題を抱えていた人もいるでしょう。例えば、他の精神疾患、発達障害、過去の被害体験によるPTSDなどです。そうしたことから生じる苦痛を緩和しようとしてアルコールを多用し、それがアルコホリズムという病気のきっかけになったという人もいます。
しかし、その理屈はアルコホーリク全員には当てはまりません(当てはまらないアルコホーリクのほうが多い)。アルコホリズムという病気は原発性疾患(primary disease)であり、何か別の原因がこの病気を引き起こすわけではありません。(cf. 第17回)
アルコホーリクの中にも、様々な精神疾患や障害を抱えた人がいます。ノン・アルコホーリクの中にも、様々な精神疾患や障害を抱えた人がいます。両者の間に違いはありません。その意味でも、アルコール以外のことについては、アルコホーリクは普通の人と同じなのです。アルコホリズム以外の病気などについて、それぞれに治療が必要だということも、ノン・アルコホーリクと同じです。
ステップ3以降で、私たちは自分の自己中心性に取り組みます。しかし、アルコホーリクだけが自己中心的なのではありません。人間は誰もが自己中心的なのです(p.88)。アルコホーリクがその極端な実例である(p.90)にしても、根本は普通の人たちと同じなのです。
普通の人たち(ノン・アルコホーリク)も、アルコール以外の様々なことに対して無力です。しかし、彼らは12ステップを必要としていません。しかし、アルコホーリクは、アルコールに対して無力だからこそ、12ステップによる回復を必要としているのです。
だから、ステップ1で、「アルコール以外の様々なことに対する無力」という話を持ち出してくるのは、上手なやり方ではありません。
順番が大事
順番通りに物事を進めないと、うまくいかないことはたくさんあります。
例えば、料理も順番が大事です。天ぷらを作るには、まず油を適温まで熱してから、衣を付けた具材を油で揚げます。油が冷たいうちから具材を入れて油を温めてもダメですし、具を揚げてから衣をつけてもダメです。順番通りにやることが大切なのです。
セックスも順番が大切です(細かい説明は下品になるのでやめておきます)。料理が上手な人も、セックスが上手な人も、順番の大切さを知っています。
当然、12ステップも順番が大事です。先ほど説明したように、霊的な病気という概念はステップ4で登場します。3) アルコール以外の様々なことに対する無力だとか、自己中心性ということは、ステップ3で説明されています。それぞれのトピックは、そのステップに達したら持ち出してくれば良いのであって、ステップ1の段階から、先のステップのトピックを持ち出してくるのは下手なやり方です。
ステップを伝えるのが上手な人は、ステップを順番通りに伝えていきます。サクッと美味しい天ぷらを揚げるには幾つかのコツがあるのですが、順番通りに進めるのが大切です。ステップも同じなのです。
- 霊的な病気という概念をステップ1で持ちだしてくる必要はまったくない。
- ステップ1では、アルコールに対する無力を認めれば十分であり、それ以外の様々なことに対する無力を認めることまでは求めていない。
- ステップ1の話をしているのに「霊的な病気」のことを持ち出してくる人は、おそらく料理もセックスも下手なのであろう。
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