ビッグブックのスタディ (34) ビルの物語 5
思い通りに生きていけない
これまではステップ1の前半の「アルコールに対して無力」という部分を取り扱ってきました。今回は、後半の「思い通りに生きていけなくなっていた」の部分です。
思い通りに生きていけなくなっていた1)
our lives had become unmanageable2)
これはどういう意味なのでしょうか? この部分は、以前のAAの訳では「生きていくことがどうにもならなくなった」となっていました。しかし、「思い通りに」であれ、「どうにもならない」であれ、これらの短い言葉から意味をくみ取れというのは無理な話です。おまけに『12のステップと12の伝統』のステップ1の章には、この「思い通りに生きていけない」の説明がありません。
実は、基本テキストであるビッグブックの「ビルの物語」を読めば、「思い通りに生きていけない」の意味がよく分かるのです。その部分に取り掛かる前に、少し補足説明をしておきましょう。
まず、新しい訳にも古い訳にも「生きていく」という言葉がありますが、元の英語は lives という名詞です。単数形だと life です。ライフとは、
という意味です。自分の人生、自分の生活、自分の生命が、アルコールによってどんな影響を受けたでしょうか? 望んだ良い方に変わったでしょうか? それとも望まない悪い方に変わったでしょうか?
ビルの人生はアルコールのせいで悪い方に変わっていきました。人生が悪い方に進んでいるなら、良い方へと変えようとするはずです。ですが、ビルにはそれができませんでした(had become unmanageable)。なぜなら、アルコールに対して無力であり、自分の力でその問題を解決できない以上、アルコールによる悪影響を甘んじて受け続けるしかなかったからです。
アルコールに対してだけ無力を認めればいいのか?
ここで「無力を認めるのは、アルコールに対してだけか?」という質問を受けることがあります。答えはイエスです。私たちがステップ1で認めるのは、アルコールに対する無力です。
もちろん、私たちは(アルコールだけでなくその他の)様々なことに対しても無力です。ですが、そのことはAAのステップ1には含まれません。なぜでしょうか?
アルコホーリクではない普通の人も、様々なことに対して無力です。多くの人がその無力を意識しておらず、無力であるのに、12ステップをやる必要も感じずに(12ステップの存在すら知らずに)、普通に暮らしています。
一方、アルコホーリクである私たちは、「アルコールに対して無力」という特別な事情を抱えています。それは普通の人にはないものです。その特別な事情があるからこそ、私たちは12ステップが必要になるのです。
ステップ1は私たちが普通の人(まわりにいる人たち)とは違うと認めること(p.45)でもあり、それが残りのステップに取り組む意欲をもたらしてくれます。様々なことに対して無力という事情を持ち出してしまうと、アルコホーリクである私たちと普通の人の違いがなくなってしまい、12ステップに取り組む意欲を失わせます。だから、ステップ1では「様々なことに無力」だとか「あらゆることに無力」という話を持ち出してはいけないのです。
実際には人間は、様々なことに対して無力です。ですが、それはステップ3で(「意志と生き方」を扱うときに)学ぶことです。ステップ3の話をステップ1で持ち出すのは下手なやり方です。12ステップに限らず、何事も順番が大切なのです。料理であれ、セックスであれ、順番を間違えるとろくなことになりません。料理やセックスに上手と下手があるように、12ステップにだって上手と下手があります。上達したければ順番を大事にしましょう。
というわけで、私たちアルコホーリクは、ステップ1で、アルコールに対する無力を認めればよく、さらに、そのせいで人生や生活のいろいろなところに悪影響が出てきていることを認めるのです。
もちろん、AA以外の12ステップグループの人は、アルコールを、薬物・ギャンブル・食べ物・セックス・人間関係・機能不全家族の影響などに置き換えていただくことになります。
アルコールに対する無力はどのように認めたら良いのでしょうか? それはこれまで説明してきたように、身体のアレルギーと精神の強迫観念が自分にあることを認めれば十分です。その二つが揃っていれば、自分でアルコールの問題を解決できないことを認められるでしょうから。
では、人生や生活にアルコールの悪影響が及んでいることは、どのように認めたら良いでしょうか? それについては、ビル・Wが自身のストーリーのなかで描写していることが参考になります。
ビルの「思い通りに生きていけない」様子
第一章の5ページから:
ぼくはますます深酒をするようになり、昼も夜も飲むようになった。3)
ビルの飲酒はますます深刻化して、飲み続けるようになっています。彼がそのように酒を飲むのは、身体のアレルギーによる渇望が起きているために、すでにコントロールを失っているからです。だから、5ページからはビルは本物のアルコホーリクの段階に入っていると思われます。
友人関係
友人たちも忠告をしなくなり、孤独な一匹狼になった。3)
ビルの友人たちは彼にどんな忠告をしたのでしょうか? おそらく「ビル、飲み過ぎだよ。酒は控えたほうがいいよ」「ビル、しばらく酒をやめてみたらどうだい?」と言ったのでしょう。それに対してビルはこう返したに違いありません。「うるさい!」と。友人たちは呆れて遠ざかり、ビルは誰にも相手にされなくなっていきました。孤独な一匹狼(lone wolf)などと気取っていますが、友だちのいないぼっちになったのです。
僕が学生だったころ、大学の近くにアパートを借りていたので、サークル仲間が良く遊びにきました。しかし、僕のアルコホリズムが進行していくと、誰も僕のアパートに近寄らなくなりました。誰も訪ねて来ない寂しさを僕が愚痴ると、ある後輩が「だって、先輩のアパートに行っても、酔っ払いが一人いるだけじゃないですか」と直言してくれました。酒のせいで、僕の友人たちは僕から離れていったのでした。
今でも僕は友人の多い方ではありませんが、(AAの仲間とは別に)僕のことを友人と呼んでくれる人や、一緒に食事したり、上京するときに会いたいと声をかけてくれる人たちがいて、僕にとっては大事な人たちです。(みんなアディクションの関係なのですが)。このように、友人関係もライフ(人生や生活)の大事な部分であることは間違いありません。ビルのこのエピソードも、僕の過去のエピソードも、「アルコールのせいで、思い通りに生きていけなく」なっていたことを物語っています。
夫婦関係
家の中ではたくさんの不幸な場面が繰り広げられた。3)
ビルと妻ロイスは豪華なアパートメントを借りて住んでいましたが、ロイスは幸せではありませんでした。ビルは自分の飲酒問題を意識するようになり、何度もロイスに断酒の誓約をしましたが、それらの約束は一度も守られませんでした。彼の伝記 Pass It On からです:
There were unhappy scenes in the sumptuous Livingston Street apartment. Promise followed empty promise. On October 20, 1928, Bill wrote in the family Bible, the most sacred place he knew: “To my beloved wife that has endured so much, let this stand as evidence of my pledge to you that I have finished with drink forever.” By Thanksgiving Day of that year, he had written, “My strength is renewed a thousandfold in my love for you.” In January 1929, he added, “To tell you once more that I am finished with it. I love you.” 4)
リビングストン・ストリートの豪華なアパートメントでは、不幸な場面が繰り広げられていた。約束は空約束に終わった。1928年10月20日、ビルは彼の知る最も神聖な書物である家庭用聖書にこう記した。「多くの苦しみ耐えてきた妻に、僕は永遠に酒を断つと誓い、これをその証しとする」 その年の感謝祭の日5)までに、またこう書いた。「君への愛ゆえに、僕は気持ちを千倍に強くしてやりなおす」 翌年1月には「酒を終わらせたと、もう一度君に言う。愛している」と付け加えた。(拙訳)
ある程度円満な家族関係というのも、ライフ(人生や生活)の大事な部分であることは間違いありません。ビルとロイスの夫婦関係は、明らかにビルの飲酒の悪影響を受けていますから、ビルにとっては「思い通りに生きていけなくなった」事情の一つでした。
趣味
1929年には、ビルはゴルフに熱中しました。彼の出身地であるバーモント州のマンチェスターには、エックワノック・カントリー・クラブ(Ekwanok Country Club)というゴルフコースがあります。夏をマンチェスターの別荘で過ごす「サマーピープル」がそこでゴルフに興じているのを見て育ったビルにとっては、憧れのゴルフコースでした。経済的に成功したビルは、ここでゴルフをプレーすることで、故郷に錦を飾ったのですが、彼はゴルフを楽しむことができませんでした。
ぼくがウォルターに追いつくよりずっと早く、アルコールがぼくに追いついてしまった。3)
ウォルター・ヘーゲン (Walter Hagen, 1892-1969)は当時のゴルフの名選手で、メジャー大会11勝というのは当時の最高記録です(現在でも、タイガー・ウッズ の15勝、ジャック・ニクラス の12勝に次いで3位)。そんな名選手が田舎のコースにいるとは思えないので、ここでビルが「ヘーガンを抜きそうになった」と言っているのは、おそらくヘーゲンがこのコースで作った記録を、ビルが(ハンデ 込みで)抜きそうになったということを表わしているのでしょう。だが、それも酒のせいでダメになりました。
ぼくは朝、ぶるぶる震えるようになっていた。3)
ビルには(第22回で説明した)離脱が起こるようになっていました。これではもう趣味のゴルフを楽しむどころではありません。趣味もライフ(人生や生活)の大事な部分であることは間違いありません。ビルはここでもアルコールのせいで「思い通りに生きていけなく」なっています。
ウォール街大暴落と破産
一九二九年の十月、突如としてニューヨーク証券取引所は大暴落に襲われた。3)
第一次世界大戦 後の不景気に対する金融緩和をきっかけに、1924年から5年間、株式市場は長期上昇トレンドにありました。これは、1985年のプラザ合意 後の公定歩合の引き下げによって起きた日本のバブル景気 とも重なります。1990年にバブル崩壊が起きたように、1929年のアメリカの株式市場崩壊も避けられないものでした。
ダウ平均株価 は、9月上旬にピークに達した後は緩やかに下げていましたが、10月24日に大暴落が始まりました(ブラックサーズデー)。この日は銀行家たちが株を買い支えて、なんとか下落を食い止めましたが、この騒動が週末に全米の新聞で報道されたことで、損失を避けようとより多くの人が売りに転じ、週明けの二日間に起きた大下落は誰にも食い止めることができませんでした(ブラックマンデーとブラックチューズデー)。9月上旬に381.17という当時の最高値をつけたダウは、2ヶ月後には198.6と、ほぼ半分になりました。(長期的にはこの後も下がり続け、1932年の底値は41.22と、最高値の10分の1程度までになった)。
ビル・Wは、ペニック・アンド・フォード(Penick and Ford)というトウモロコシ製品の会社に目を付け、その株を買い込んでいました。投資家たちを集めてシンジケートを作り、大量に株を購入することで、株価の釣り上げを目論んでいました。おまけに、下落する度に買い増しするというナンピン買いを行っていました。6)「へたなナンピン素寒貧」という相場の格言がありますが、それはこの買い増し戦略でしくじると破滅的な損失を被りうることを示しています。
午後八時、証券取引所がひけてから五時間が過ぎていたが、株価表示板(ticker)はまだカチカチと音をたてていた。ぼくは流れ出てきた三センチほどのテープを見つめていた。XYZ社――三十二……。今朝は五十二だった銘柄だ。これでぼくも多くの友人たちもおしまいだ。7)
ストックティッカー (ticker)は株価の情報を電信で遠くに伝えるための機械です(株価表示板ではない)。大暴落時には多くの人が損失を防ごうと株を売ろうとするために取引量が増え、午後3時に取引所が閉まった後も延々と情報の送信が続き、ブラックチューズデーには午後8時近くまでティッカーがテープを吐き出し動き続けたそうです。XYZ社はビルが買っていたペニック・アンド・フォードのことです。これが一日で52ドルから32ドルへと下落しました(下落率約4割)。前の日に55ドルから42ドルまで下がっていたところを、ビルは投資家たちと大量に買い支えて52ドルまで戻したばかりでした。ナンピン買いが完全に裏目に出ました。
前回説明したように、株の取引には現物取引 と信用取引 があります。もしビルが現物取引だけを行っていたのなら、4割下落は大損ではあるのですが、それが破産に直接結びつくことはありません。ところが、信用買いをしている場合には、下落幅が保証金(担保)の額を超えると追加の保証金(追い証)を求められます。元の保証金を借金で調達していた場合、利益が吹っ飛んだことでその返済ができなくなります。追加の借金ができなければ追い証を払うことができず、株の取引は打ち切られ、借金だけが残ります。ビルが「おしまいだ」と言っているとおり、彼の資金は尽き、破産は確実でした。
ニューヨーク証券取引所の周りは大きな人だかりができました。ビルと同じように破産に至った人がビルの屋上から飛び降りて、ウォール街は騒然となりました。
ビルも死にたい気分だったでしょうが、こういう場合にどうすれば良いか、彼はよく知っていました:
ぼくは飛び降りるつもりはなかった。バーへ引き返した。ぼくの友人たちは、今朝の十時から数百万ドルの損を出していた。でも、だからどうだっていうんだ。明日は明日の風が吹くさ。酔っぱらってくると、いまにきっと勝ってやる、という昔から持っていた固い信念がよみがえってきた。7)
第15回で説明したように、アルコールはアルコホーリクの気分を確実に変えてくれる、実に頼りになるパートナーです(渇望が起こるという致命的な欠点があるけれど)。彼は酒を飲んだおかげで、窮地を切り抜けました。酒を飲まなければ、他の人たちと同じように、自ら命を絶っていたかも知れません。
私たちアルコホーリクは、酒が私たちを救ってきたという現実を見なければなりません。AAは不思議なところで、酒をやめる集まりなのですが、誰も「酒を飲むな」とは言いません。僕もスポンサーに「死ぬな」とは言われましたが、「飲むな」とは言われませんでした。飲まずに死ぬより、飲んで生き残った方が、回復して幸せになるチャンスが残るからです。AAには多くの逆説(paradox)がありますが、これもその一つです。
酒で台無しになった再起
ビルには、カナダのモントリオール にディック・ジョンソン(Dick Johnson)という友人がおり、自分の経営する証券会社(Greenshields and Co.)にビルを誘ってくれました。そこでビルとロイスはその年の12月にモントリオールに引っ越しました。底値をついた株価は上昇に転じていました。これはデッド・キャット・バウンス と呼ばれる現象で、「死んだ猫でも、高いところから落とせば弾む」という意味の相場用語ですが、下落局面でも小幅な上昇があり得ることを指しています。ビルはそれをうまく捉えました。翌1930年の春にはペニック・アンド・フォード株は55ドルまで値を戻していました。モントリオールに移ったときは薄汚れたアパートに住んでいたビルとロイスは、セントローレンス川を見下ろす高価な新築アパートに引っ越しました。誰の目にも、ビルが証券取引の世界に華々しく復帰したのは明らかでした。
I felt like Napoleon returning from Elba. No St. Helena for me!8)
エルバ島から戻ったナポレオンの気分だった。ぼくにはセントヘレナ島なんてあり得ない。(拙訳)
フランス帝国の皇帝ナポレオン・ボナパルト (1769-1821)は、1812年のロシア遠征に失敗して失脚し、イタリアのエルバ島 に追放されました。翌年にエルバ島を脱出して復位しましたが、ワールテローの戦いで負けて百日天下 に終わりました。南大西洋の絶海の孤島セントヘレナ に幽閉され、そこで失意のまま生涯を終えました。
ビルはこの時の自分自身を、エルバ島から戻って帝位に復帰したナポレオンになぞらえています。その後の展開もナポレオンさながらで、この年の秋にはジョンソンから解雇されました。それはもちろん酒が原因でした。9)
大暴落によって彼は破産しました。破産とは金銭や財産を失った結果であり、「思い通りに生きていけなく」なっていたわけですが、それはアルコールが原因ではありませんでした。この時にはビル以外の多くの人も暴落が原因で破産しました。一方で、モントリオールでのビルの失敗は、酒が原因でした。6ページの二つの段落は、この違いを際立たせてくれます。
私たちが「思い通りに生きていけなく」なる原因には、酒によるものもあれば、酒以外によるものもあります。ステップ1が問うているのは、前者です。私たちはステップ1で、アルコールに対する無力を認め、アルコールのせいで「思い通りに生きていけなく」なったことを認めます。(つまり、6ページの二つの段落では、大暴落で破産する段落よりも、モントリオールでの酒での失敗の段落のほうが重要な意味を持つ)。
仕事・社会的信用・金銭と財産
ビルは酒が原因でモントリオールでの良い仕事を失い、名声を失い、破産は確定的となりました。仕事もライフ(人生や生活)の大事な部分であることは間違いありません。名声はともかく、ある程度の社会的信用もライフ(人生や生活)の大事な部分ですし、金銭や財産がないとライフ(人生や生活)が成り立ちません。ビルの酒は、これらすべてを台無しにしました。彼が「思い通りに生きていけなく」なっていたことは明らかです。
ビルの問いかけ
これまで見てきたように、ビルの酒は、彼の友人関係、家族関係、趣味、仕事、金銭や財産、社会的信用に大きな悪影響を与えました。これらはすべて彼の「思い通りに生きていけない」様子を描きだしています。(この後には、心身の健康への影響もでてきます)。
ビッグブックは教科書です。10) ビッグブックの段落一つひとつは、著者であるビル・W(と最初の100人のAAメンバー)が私たちに何かの情報を伝えるために書いたものです。だから読者である私たちは、その段落一つひとつから、彼らが伝えたかった情報を読み取っていかねばなりません。
ビルは、ここで私たちにこう問いかけているのでしょう。読者であるあなたも、人生や生活(すなわち友人関係、家族関係、趣味、仕事、金銭や財産、社会的信用、健康)が、酒の悪影響を被ってきたのではないだろうか? あるいは、これから被る可能性が高いのではないだろうか? なのにあなたはアルコールの問題を自分では解決できない(無力)のではないか? だとしたら、ビルと同じように、あなたも絶望的なアルコホーリクなのではないか? と。
- ステップ1では、「アルコールに対する無力」を認める。
- さらに、そのせいで人生・生活・生命のいろいろなところに望まない悪影響が出てきていることを認める。
- 「思い通りに生きていけない」とは、アルコールの悪影響がライフ(人生・生活)の様々な領域に及ぶことを指している。その領域として、ビルは友人関係、家族関係、趣味、仕事、金銭や財産、社会的信用という実例を挙げている。
- BB, p.85.[↩]
- AA, Alcoholics Anonymous: The Story of How Many Thousands of Men and Women Have Recovered from Alcoholism, AAWS, 2001, p.59.[↩]
- BB, p.5.[↩][↩][↩][↩][↩][↩]
- PIO, p.81.[↩]
- アメリカでは11月の第4木曜日なので、1928年は11月22日。[↩]
- PIO, p.85.[↩]
- BB, p.6.[↩][↩]
- AA, p.4.[↩]
- PIO, p.86.[↩]
- p.xv (15)では、ビッグブックを「基本テキスト(basic text)」と呼んでいる。[↩]
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