ビッグブックのスタディ (107) どうやればうまくいくのか 19

恨みの棚卸し・恐れの棚卸しに続いて、今回は性の棚卸しです。ビッグブックのp.100からです。

 さて性について考えてみよう。私たちの多くは、この課題を徹底的に点検(over­haul­ing)する必要があった。1)

「徹底的に点検する」と訳されていますが、オーバーホールは総点検を行うだけでなく、必要であれば修理も行います。ですから、性の棚卸しは点検を行うだけではありません(点検以外に何をするのかは後述します)。

性道徳についての人々の意見は極端に分かれている

何よりも、分別をもとう(sensible=思慮深く)と努めた。性の問題となると、話が本筋からはずれてしまうことが多いからだ。性に関しては、人さまざまの意見が、おそらく極端に、ばかげたほど極端に分かれていることに気づく。1)

性の問題を扱うにあたっては、何よりも思慮深くあらねばならない、と述べています。なぜ思慮深くあらねばならないかと言えば、それは性に関しては人によって意見が大きく分かれるからです。

この「性に関する意見」とは、人間は性をどう扱うべきかという道徳観念性道徳 ・性倫理)のことです。ビル・Wは性道徳について、二つの両極端を挙げて説明しています。片方の極端は、性は人間の低級な欲望であって、生殖のために用いるべきだ、という思想です。これは子作り以外の目的でセックスをするから性のトラブルが起きてくるんだ、という考えであり、子作りするとき以外はセックスするなというのですから、確かに極端に禁欲的な道徳観念です。その反対に、結婚制度というものを嘆き、人はもっともっと自由にセックスを享受すべきだという、大変開放的な思想もあります。これはセックスがからトラブルが起きてくるんだ、という考えで、これも極端です。そして、この両極端の間にさまざまな水準の性道徳があり、人によって意見が違っているのです。

だからもし、AAが「私たちの性はこうあるべきだと考える」という性道徳のAAスタンダードを提唱したならば、その是非を巡って激しい議論が巻き起ってしまうでしょう。そもそも世の中に性道徳についての議論が存在しているのです。例えば、女優が有名シェフと不倫したことがテレビのワイドショーで取り上げられ、出演した作品がお蔵入りになる一方で、大物政治家の不倫についてはほぼ不問に付されてしまう・・この不均衡は何なのか? といった議論は激しく燃え上がる傾向があります。

私たちはこの論争には巻き込まれたくない。誰に対しても、性的な問題の仲裁者(ar­bi­ter=裁定者)になるつもりもない。1)

そのような世間の論争に巻き込まれれば、最終的には一部の人たちがAAを割って出ていき、別のAAを立ち上げることになりかねません。あらゆる団体(国・政党・宗派・社会運動など)が意見の対立を原因として分裂し、細分化され、その有効性を失っていきました。その反省に立ってAAは、12の伝統を作りました。12の伝統の目的は、AAの有効性と一体性を保つことにあります(p.256/560)。一体性(unity)とは「一つであること(oneness)2)、つまりAAが二つ、三つの団体へと分裂していかないことです。伝統10は、外部の論争にAAとしての意見を述べるべきではないとしています。特に政治問題、禁酒運動、宗派的論争については気をつけるべきと強調しています。3) 12の伝統が作られたのは1940年代から50年代にかけてですが、すでにビッグブックが書かれる頃には、AAの一体性を保つためには何を避けなければならないかが意識されていたのです。

誰にでも性の問題はある。もしなかったら人間とはいえない。これについてはどうしたらいいのか。1)

とはいえ、性が人間の三つの本能の一つである以上、すべての人が性の問題を抱えています。論争に巻き込まれたくないから性の問題を無視するというわけにもいきません。では、どうすれば良いのでしょうか?

性の棚卸表を書く

 私たちは、過去の自分自身の行為を振り返ってみた。4)

ここでいう行為とは、性に関することです。性的行為に限らず、恋愛行動全般を指しています。過去の自分の性愛に関する行動全般を振り返ってみるのです。

私たちはどこで自分勝手(selfish=利己的)であり、不正直であり、思慮を欠いていたか。誰を傷つけたか。根拠のない嫉妬しっと、疑惑、反感を他人に抱かせなかったか。自分はどこで誤ったか、その代わりにどうすべきだったか。4)

これは恨みや恐れと同様に、性についても棚卸し表を書くということです。利己的・不正直・思慮の欠如については第105回で説明しましたので繰り返しません。

「根拠のない嫉妬、疑惑、反感を他人に抱かせなかったか」はこの訳で正しいのか議論になる部分です。嫉妬・疑惑・反感を抱いたのか、それともにそれらを抱かせたのか、どちらの意味なのか、という議論です。ビッグブックの古い翻訳では前者、現在の翻訳では後者に解釈して訳していますが、原文の arouse は人々の反応を喚起することですから現在の訳のほうが正しいでしょう。5)

これは例えば、(特に浮気したいわけでもないのに)パートナーを嫉妬させる目的で浮気するとか、浮気をしないまでも、浮気を疑わせることでパートナーを不安に陥れるといったことを意味しているのでしょう。また、相手がセックスしたくないのに無理矢理セックスするのはもちろん利己的ですが、パートナーがセックスしたがっているのに(別件の意趣返しなどで)それを拒むのも同様に利己的だとも言えます(これは相手に反感(bitterness=苦しみ)を与える行為の例)

棚卸しによって視座の転換が起こる

性の棚卸し
ジョー・マキューらの棚卸し表(性の棚卸し表)

ジョー・マキューたちは、性の棚卸しでも恨みや恐れと同じ四列の形式の棚卸表を使うことを勧めています。ただし恨みや恐れの表とは違いもあって、第一列は自分が誰を傷つけたかであり、第二列は自分が何をしたか(どのように相手を傷つけたか)、そして、第三列は自己のどの部分が傷つける原因となったか(Which part of self caused the harm)となっています。

恨みの表は「誰かが自分を傷つけたこと」に対する恨みを書きましたし、恐れの表は「これから傷つけられること」への不安を書きました。性の表はそれらとは逆に「自分が誰かを傷つけたこと」を書くようになっています。つまり、恨み・恐れの表を書いているときは自分を被害者と見なして書き始めたのですが(pp.95-96)、性の表では自分を加害者的立場に置いて自分の行為を見直すという「視座の転換」が起きるのです。単に恨み・恐れの表を書いただけでなく、それらの表を自分で見直してみるという手順(pp.95-99)を経て、自分の誤りを認められるようになったからこそ、それが可能になるのです。

あるAAメンバーが、「自分に欠点があっても自分が損をするだけだと思っていた。欠点を抱えたまま生きるのも自分の自由だと思っていた。だが、欠点は周りに迷惑をかけるし、人を傷つけるものなんだ、ということを、AAに来て何年も経って、中年になってようやく気づいた」と語っていました。アルコホーリクに限らずどんな人にとっても、自分の行いが人を傷つけているという事実を直視するのは難しいことです。ステップ4・5の目的の一つは、自分の誤り(欠点)を見つけることですが、「さあ、自分の欠点を書け」「どのように人を傷つけたか書け」と言われても、なかなか書けるものではありません。

そこで12ステップでは、まず自分を被害者的立場に置くことができる恨みや恐れの棚卸し表を書くことから始め、表を書く作業とそれを見直す作業を通じて、「自分は被害者面していたけど、傷つけられたのと同じぐらい、いやひょっとしたら傷つけられた以上に人を傷つけていたのじゃないだろうか?」と気づかせるようになっているのです。

そのような転換が起きるからこそ、(性の分野限定ではあるものの)「私はどのように人を傷つけたか」という表を書くことが可能になるのです。このような視座の転換は、AAの12ステップに限らず、他のグループの12ステップにも受け継がれています。ステップ4・5で行う棚卸しのやり方に違いがあっても、自分の加害性の認知という点は共通しているのです――それが起こらないのであれば、棚卸しを行う意味がありません。

自分はどこで誤ったか、その代わりにどうすべきだったか。4)

これについても第105回で説明しましたので、そちらを参照してください。

恨み・恐れの表では、第三列は「傷つけられた」となっていましたが、その実際は「自分が欲望を満たしたいだけ満たせなかった」という意味でした。欲を満たすことを邪魔されたから恨んだのですし、満たせそうにないから恐れたのでした。棚卸し表を書くことで、自分が本能(欲望)に駆動されていることを意識するようになると、自分は自分をコントロールできていないことに気づかされます。

第三列では、満たされていない本能の欄にチェックが付きます。それを「この本能はそんなにたくさん満たす必要はあるのか?」という問いかけを自分にしてみると、本能の暴走に気づかされるでしょう。暴走の度合いが大きくなればなるほど、満たされづらくなり、傷つきやすくなるのです。金銭を求めすぎるとか、性関係を求めすぎるのは良くないとわかっている人でも、自尊心や他者からの承認については自分が強欲であることをしばしば意識できていません。

セックスは多様な目的で使われる

性関係のトラブルであっても、必ずしも性の本能が関係しているとは限りません。人間はセックスを性の本能を満たす以外の目的で使うからです。物質的安全(金銭)の獲得のために使われる場合もありますし、セックスによってパートナーをつなぎ止めている場合もあります。性によって人間関係を獲得・維持する場合もあるでしょうし、モテることが自尊心を高める面もあります。浮気や不倫が起きるのは、性の本能のためであるよりも、他の二つの本能を満たすためであることがほとんどでしょう。

自分の性生活の理想を定める

・・・こうした事柄をすべて紙に書き出して、見つめてみた。
こうして私たちは今後の、まともで健全な性生活をつくり上げようとした。これまでもったすべての性的関係について、それが自分本位(selfish=利己的)だったかどうかテストをしてみた。自分たちの理想を考え、それに自分が沿えるようにと、神に助けを求めた。4)

性の棚卸しを通じて、セックスライフについて自分が目指すべき理想というものを定めます。性の棚卸しは単なる点検ではなく、必要であれば修理もしなくてはなりませんが、理想を作ることが修理の手始めになります。もちろん、その理想はその人が持つ性道徳の観念と密接に関連しています。先ほど述べたように、AAはメンバーがどのような性道徳の観念を持とうと口を挟みませんが、だが少なくとも(性道徳の観念もセックスライフの理想も)他の人を傷つけるような利己的なものであってはならない、という最低限の条件を設けているわけです。

しかもその理想は自分で作るのではなく、自分なりの理想を形作って(mold)くれるように神に願い求め(ask)ています――現在の訳では、自分で理想を作って、その理想に従って生きられるように神に助けてもらうという意味に読み取れてしまいますが、We asked God to mold our ideals は「理想を神に作ってもらう」という意味です。

「私たちの性的能力は神から与えられたものであり、したがって良いものである」と述べられています先行的恩寵 。私たちは、せっかく善いものを与えられているのに、それらを過剰使用してしまったり、誤用してしまう、ということについてはこれまで何度も説明してきました第80回第84回第85回第96回第99回第106回。それはセックスについても同様であり、セックスを常に正しく使えている人はいないのです(軽くあしらったり、自分中心に利用したり、また軽蔑や嫌悪してしまう、ということ)

それがかえって害をもたらさないかぎりは、自分が犯した過ちは埋め合わせをする気持ちがなくてはならない。つまり、性についてもその他の問題と同様に扱うべきだ。4)

恨みの棚卸し表の見直し作業のなかに、「正直に自分の誤りを認め、それをきちんと正そうという気になった」とありました(p.98, 第105回。性に関して同様であり、誰かを傷つけたことが棚卸し作業によって明らかになったのなら、それについて埋め合わせ(ステップ9)を行う意欲を持つことが求められています。性の問題だからといって、特別扱いすべき理由はありません。

神を性の問題についての裁定者とする

 私たちの性の状態について審判できるのは神だけである。誰かと相談することが助けになることもあるが、神をこそ最終審判者とすることだ。性に関して狂信的な人もいるし、またルーズな人もいることを、私たちはよく知っている。感情をむき出しにした考え方や助言は避けるべきだ。6)

セックスの問題について、誰かに(例えばスポンサーに)相談することが助けになることはあります。だから相談してはいけない、というわけではありません。しかし、上に述べたように性道徳については様々な考え方がある以上、人に相談することで解決に近づくこともあれば、逆に解決を遠ざけてしまうこともあります。結局のところ、セックスの問題については、私たちは自分の内なる神との関係を作り上げて、その神が作ってくれた理想に向かって成長するというやり方でしか解決できない、といのが12ステップを作った人たちの経験でした。

「感情をむき出しにした考え方や助言は避けるべきだ」というのは、感情を剥き出しにした助言を行うべきではない、という意味ではありません。そのようなスポンサー向けの指針は第七章以降には登場しますが、ここはまだステップ4の段階です。誰かに性のことについて相談してみたら、感情を剥き出しにした考え方や助言を押しつけられそうになった場合には、もうそのような押しつけをしてくる人には近づかないほうが良い(少なくても性に関してその人と話し合うことはやめておくべき)という意味です。だから、特定の性道徳観念を押しつけてくるスポンサーも避けるべきという意味でもあります。

ジョー・マキューらも、AAのなかで性に関する相談をすることにこう述べています:

You know this is an area that I don’t think we need a whole lot of advice in anyhow. I think all of us deep down inside, we know what we should be doing and what we shouldn’t be doing. You know I’ve never been in a sexual situation that was wrong that I didn’t know it was wrong before I ever got into it. Didn’t keep me from getting into it. But I never got into one yet that was wrong that I didn’t know it was wrong before I ever got into it. And if you start running around asking people for sexual advice, if you ask 6 different people you’re going to get 6 different answers. And then you’ll have to decide which one of those to follow. And besides that I really can’t think of a worse place in the world to get sexual advice than in the fellowship of Alcoholics Anonymous. I think that’s a hell of a place to look for it. I think all we’ve got to do I listen to that little voice inside.7)


セックスの問題についてはあまり多くのアドバイスは要らないと考えています。私たちは皆が、心の奥深くで、何をすべきで、何をすべきでないか知っています。私は間違った性的関係に、それが間違っているとは知らずに入りこんでしまったことはありません。知っていても歯止めになりませんでしたが。もしあなたが性の問題について別々に6人の人に尋ねれば、6種類の違った答えが返ってくるでしょう。するとあなたはそのうちのどれに従うか決心しなくてはならなくなります。またそれとは別に、私が思うに、アルコホーリクス・アノニマスの共同体ほど性的な問題についてのアドバイスを求めるのに適していない場所は他にはないと思います。一番似合わない場所ですよね。私たちがすべきことは、自分の中の小さな声に耳を傾けることです。(拙訳・下線は筆者)

人を助けるほうに力を注ぐ

ビッグブックは、理想を定めて、つまづきながらもその理想に向かって進んでいく、というやり方以外に、性の問題に対処する方法をもう一つ示しています。

もし自分にとって性が大きな問題なら、人を助けるほうに力を注ぐことだ。彼らが必要としていることを考え、彼らのために働くのだ。するとそのことが、自分を解放してくれる。衝動を鎮めてくれるのだ。放っておけば苦しみもだえることになるのは目に見えている。6)

性の問題はアルコールの問題と似ているところがあります。どちらも、例えばひたすら我慢するといったような直接的な方法で解決しようとしても、なかなかうまくいかないところが共通しています。さらに、他の人の手助けをすることで(それは12ステップではステップ12にあたることですが)、自分が回復することができるというところも同じなのでしょう。

ところで、AAでは病院に入院しているアルコホーリクを訪問するとか、AAのイベントを企画運営するとか、各種の委員会などのサービス機構の維持運営といった、さまざまなサービス活動が行われています。それらはすべて「他のアルコホーリクを手助けするため」の活動です。もしあなたにとってセックスが大きな問題ならば、AAのサービス活動に加わることで、解決に近づけるかも知れません。AAにはサービス活動に熱心な人も少なくありませんが、おそらくその人たちは下半身の衝動に悶え苦しんだ結果としてサービス活動に救いを求め、それにのめり込んでいった人たちなのに違いありません。

次回は、ステップ4全体のまとめを行って第五章を終えることにします。

今回のまとめ
  • 12ステップは特定の性道徳観念を押しつけようとはしない。
  • そのかわり、これまでの自分の性愛に関する行いが、誰かを傷つけていなかったかを表にする(性の棚卸表)
  • 恨みや恐れの表では、自分が傷つけられた側(被害者的立場)で書いたが、性の棚卸表は自分が誰かを傷つけたこと(加害者的立場)について書いていく。
  • 私たちは自分の内なる神との関係を作り上げて、その神が作ってくれた理想に向かって成長することで、性の問題を解決していく。

  1. BB, p.100[][][][]
  2. Merriam-Webster, Merriam-Webster Dictionary (m-w.com), 2023[]
  3. 伝統(長文のもの)10[]
  4. BB, p.101[][][][][]
  5. ただし、unjustifiably(正当化できない)を「根拠のない」と訳している点は疑問が残る。[]
  6. BB, p.102[][]
  7. Joe McQ. and Charlie P., Joe & Charlie: The Big Book Comes Alive, 2014, p.129[]

2024-04-05

Posted by ragi