ビッグブックのスタディ (40) ビルの物語 11

AAの歴史の学術的な研究を行ったアーネスト・カーツ(Ernest Kurtz, 1935-2015)は、著書『アルコホーリクス・アノニマスの歴史』の中で、AAの「創始の時」を四つ挙げています。1)

ビッグブックのp.13から19にかけて書かれているエビー・Tビル・Wの会話は、この表の中のです。

エビー・Tの訪問

エビー・Tがやってきたのは、電話のあった日の二日後でした。ビル・Wは一緒に飲むために、ジンのパイナップルジュース割りをピッチャーに用意していました。ビルがあまり好きでないパイナップルジュースでジンを割ったのは、ロイスが帰宅したとき、二人がストレートのジンを飲んでいるのを見るよりはショックが少ないだろう、というビルの「配慮」でした。2)(もっとも、その配慮にロイスが感謝したとは思えませんが)。

エビー・Tの訪問
エビーの訪問を描いた絵画, from rehab4addiction

 ぼくは、テーブル越しに友人のほうヘグラスを差し出した。彼は要らないと言う。3)

ビルにとって予想外だったのは、エビーが酒を断ったことでした。しかも、彼は元気潑溂はつらつな顔をしているではありませんか。

ビルは一緒に酒を飲めないことにガッカリしましたが、貴重なジンを分けなくて済むことを内心喜んでいました。それでも、エビーの様子が変わったことが気になってビルは尋ねました:

「いったいどうしたっていうんだい」ぼくは不審をかくさずに言った。
彼はぼくをじっと見つめ、簡潔に、微笑ほほえみながら言った。「信仰を持ったんだ」。4)

な、なんということでしょう。僕自身の経験からすると、高校時代の友人から久しぶりに連絡があったときは、相手が暗い声ならばそれは借金の申込み、明るい声なら宗教かマルチ商法 の勧誘のどちらかです。どれも御免こうむりたい話ばかりです。ビルも「しまったな」と思ったにちがいありません。しかし、せっかく久しぶりに会えたんからこいつの素人説教を聞いてやるか(飲みながらだけど)、という気持ちになりました。

エビー・Tの霊的変化

だが彼は、説教に雄弁をふるうようなことは全くしなかった。ある日二人の男が裁判所に現れて、この友人の刑の執行を猶予するように判事を説得してくれたことを、彼は淡々と語った。4)

エビーは宗教の教えを説くのではなく、自分の経験を淡々と(in a manner of fact way=感情を交えずに事務的な調子で)語りました。

前回はエビーが公衆酩酊の罪で逮捕されたところまで説明しました。逮捕されたエビーはベニントンという町の裁判所に連行されました。審理は翌週の月曜日に行われることが決まりました。となると、週末のあいだエビーは勾留される可能性もあったのですが、判事は月曜日にしらふで戻ってくることを条件に彼を釈放してくれました。

このとき、エビーが自宅に置いてあった酒は地下室のビール四本だけでした。それでは足りないと思った彼は、ベニントンで酒を飲んで帰ることにしました。普通に考えれば、彼は帰宅後にその四本のビールを飲み、さらに手に入れて飲み、その週末を飲み通して、月曜には酔っ払って裁判所に現れて(あるいはすっぽかして)情状酌量の余地などまったく無くなってしまう、というのが最もあり得る展開でしょう。ですが、そうはなりませんでした。土曜日、離脱で苦しくなったエビーは地下室へ降りてビールを飲もうとしましたが、しかし・・・

So down I went, and I reached for a bottle of ale, and I couldn’t take it. I had said I would be there sober, and this wouldn’t exactly be sobriety. I went upstairs and this voice said, “Oh, don’t be silly. Go down and get that ale. My God, you’re shaking. Go on down and get it.” Well, I couldn’t do it. It wasn’t playing the game square, the way I looked at it. And when I finally made the decision not to touch it and took it over to a friend of mine, three or four houses away, I felt right then a great release from the whole thing. And that lasted for me for over two years. That was the start of the whole release from the problem for the time being.


僕は下へ降りて、ビールの瓶に手を伸ばした。けれど、瓶を手にすることができなかった。僕はしらふで戻ると言った。ここで飲んでしまえば本当のしらふではなくなってしまう。階段を上ると、声が聞こえてきた。「おい、いいじゃないか。下へ降りてビールを飲めよ。ほら、震えているじゃないか。降りていって飲めったら!」 けれど、僕はそうすることができなかった。それはゲームの公正な進め方だとは思えなかった。結局僕は、ビールには手を出さない決心をし、三軒か四軒先に住んでいた友人にそれを譲り渡した。すると、僕はすべてのことから解放された気持ちを味わった。その感覚はそれから二年間続き、それが当面の間、その問題から完全に解放された始まりだった。5)

その晩、彼はベッドに腰掛けて、何年かぶりに神に祈った、と後年語っています。

何が彼にそのような変化をもたらしたのか、断定することはできません。ただいくつかの条件を挙げることはできます。裕福な一家に生まれ、まともに働かずに酒を飲んで生きてきたエビーですが、家族から受け取った金はすでに尽きかけていました。もうこれ以上の援助は期待できず、彼の人生は完全に行き詰まっていました(絶望的ということ)。また、数週間前にセブラシェップの訪問を受け、オックスフォード・グループの原理を教えられていたことも大きかったのでしょう。(ビルと違って)エビーは宗教に抵抗を感じませんでした。そのことが、彼に霊的な変化をもたらす下地を作ったとも考えられます。

ローランドからエビー・Tへ

ローランド・ハザードがエビーに接触した時期については、文献によって主張が異なっています。AA公式のビルの伝記 Pass It On では乱射事件より前にローランドがエビーを訪問してオックスフォード・グループの原理を伝えたことになっています6)。ボブ・Sによるエビーの伝記 Ebby in Exile では逮捕されてベニントンの裁判所に行ったとき7)、メル・Bによる伝記 Ebby: The Man Who Sponsored Bill W. では週明けの審判の時になっています8) 。ローランドが事件以前にエビーに接触し、オックスフォード・グループの教えを伝えていたのならば、そのこともエビーに霊的変化を起こす大きな要因になったと考えられます。

エビーは月曜日にしらふで判事の前に立ちました。そこにはローランドがいて、エビーの減刑を嘆願してくれました。判事はローランドがエビーの監督をするという条件で、刑の執行を猶予してくれました。

ローランドは、エビーが汚した家の掃除を数日間かけて手伝いました。エビーは別荘を冬じまいさせた後、ローランドの家に一週間ほど滞在しました。この一週間の間に、ローランドはエビ-にオックスフォード・グループの原理を伝えました。これが一対一でプログラムを受け渡していくAAのスポンサーシップの始まりと見なすことができます。もちろん、スポンサーシップという名称はもっと後になってつけられるのですが、一人のアルコホーリクがもう一人のアルコホーリクに話をする(one alcoholics talks with another)というAAの原型がここに見られます。

ローランドはエビーにどのように伝えていたのでしょうか? 後年エビーは次のように説明しています。

He passed as much of this on to me as he could. We would sit down and try to rid ourselves of any thoughts of the material world and see if we couldn’t find out the best plan for our lives for that day and to follow whatever guidance came to us.
He impressed upon me the four principles of the Oxford Group: absolute Honesty, absolute Purity, absolute Unselfishness, absolute Love. He was particularly strong in advocating the absolute honesty, honesty with yourself, honesty with your fellowman, honesty with God. These things he followed himself and thereby by example, he made me believe in them again as I had as a young man.


彼はできるだけのことをして徹底的に伝えてくれた。一緒に座り、この物質社会の考えを自分の中から取り除いて、その日一日の僕らのベストなプランを見つけ出そうとした。そして、得られた導きがどんなものであれ、それに従おうとした。
彼はオックスフォード・グループの四つの原理――絶対的正直・絶対的純潔・絶対的無私・絶対的愛――について教えてくれた。その中でも彼が特に強調したのが、絶対的正直――自分自身に対する正直さ、周りの人への正直さ、そして神への正直さだった。彼自身がそれに従っており、彼という実例があったからこそ、僕も若い頃のように、もう一度それを信じることができた。9)

ローランドがエビーを手助けしたのも、朝の黙想で得られた導きに従った行いでした。

エビー・Tからビル・Wへ

ビッグブックのp.14に戻ります。

その男たちは、簡単な宗教的な考え実践的な行動のプログラムを友人に語ったらしい。二ヵ月前のことだった。その結果は彼を見れば明らかだった。プログラムはうまくいったのだ(It worked!)4)

ここで、簡単な宗教的な考えとは、このパートで扱っている解決(ステップ2)のことであり、ローランドがカール・ユング 医師から教えられたことですBB, p.41)。また、実践的な行動のプログラムとは、その解決を手に入れるための行動(ステップ3~12)であり、オックスフォード・グループのプログラムのことです。

ビルにとってはエビーが二ヶ月酒をやめているだけでも驚くべきことでした。プログラムには効果があった(It worked!)とビルは考えました。

 友人は、ぼくに耳を傾ける気があればと思って、自分の体験を話すためにぼくのところへやって来たのだった。4)

その後、ローランドは車でエビーをニューヨークへ連れていきました。エビーはシェップのアパートにしばらく滞在したのち、彼らの紹介でカルバリー伝道所(Calvary Mission)という救貧伝道所に職員として住み込むようになりました。救貧伝道所(rescue mission)とは、スープキッチン(生活困窮者向けの炊き出し とホームレスシェルター(一時宿泊施設)を合わせた施設で、宗教的なミーティングを行います。そこで働くうちに、エビーは旧友ビルの苦境を聞きつけ、自分を救ったプログラムを伝えようとビルを訪れたのでした。

ぼくはショックを受けた。が興味を持った。大いに興味をそそられた。そのはずである。ぼくは絶望していたのだから。4)

ビルにとってはエビーが酒をやめているのも驚きでしたし、エビーがオックスフォード・グループの教えに従ってやってきたことにも驚かされました。それまでビルにとって「信仰を持つ」ことは完全に関心の範囲外でしたが、ここで興味をそそられました。なぜならば、ビルはステップ1を終えていたからでした。そう、彼は絶望していたのですから、自分が助かるかも知れないという希望が現れれば、それをつかみ取りたくなるのは当然です。

 友人は何時間も話し込んだ。10)

エビーはどんな話をしたのでしょうか。

Bill listened intently as Ebby talked about the change that had come into his life. As Bill remembered it, Ebby especially emphasized the idea that he had been hopeless. “He told me how he had got honest about himself and his defects, how he’d been making restitution where it was owed, how he’d tried to practice a brand of giving that demanded no return for himself,” Bill said. “Then, very dangerously, he touched upon the subject of prayer and God. He frankly said he expected me to balk at these notions.” But Ebby went on to say that when he had attempted prayer, even experimentally, the result had been immediate: Not only had he been released from his desire to drink – something very different from being on the water wagon – he had also found peace of mind and happiness of a kind he had not known for years.
Ebby had told his story simply, without hint of evangelism.11)


ビルは、エビーが自分の人生に起こった変化について語るのを熱心に聞いていた。ビルの記憶によれば、エビーは特に自分が絶望的だったという考えを強調した。ビルによると、「エビーは彼がどうやって自分自身について、また自分の欠点について正直になったのか、害を与えた相手にどうやってそれを償ったのか、自分に見返りを求めずに与えるという独特のやり方をどのように実践しようとしたのか、私に語ってくれた。それから、実に危険なことに、彼は祈りと神という主題にふれた。そういった話を持ち出すと、私は尻込みするだろうと思っていた、と彼は率直に言った」。だがエビーはその話を続け、彼が試しに祈ってみただけでも、すぐにその結果が現れたと言った。酒を飲みたいという欲求から解放されただけでなく――それは断酒することとは全く違う何かだった――心の平和と、ここ何年も味わったことがなかった幸福を見つけたのだ。
エビーはシンブルに自分のストーリーを語っただけで、福音主義エヴァンジェリズムのかけらも見せなかった。(拙訳)

第4回で、ビルがエビーから教えられたオックスフォード・グループの教えと、AAの12ステップの対応(p.xx (20))を説明しました(下に再掲します)。このビルの話のなかにも、言葉は違っていますが、同じものが含まれています。

ステップ オックスフォード・グループの教義
3
(降伏する)
4
自分の過去を道徳的に棚卸しする
5 短所を認めて告白する
8,9 傷つけた人たちへ埋め合わせ
11 神への信仰と依存
12 他の人の手助けをする

エビーの話は決して押しつけがましいものではなかったのですが、エビーの予想通り、ビルは「神」という主題に激しく反発しました。ここから先、4ページにわたって、ビルが神という概念と格闘する様子が描かれています。次回はその部分を扱います。

今回のまとめ
  • エビー・Tの、信仰を持ったことで酒がやめられたという話に、ビルはショックを受けた。
  • だが、興味を持った。なぜならビルはステップ1を終えていたから。
  • エビーは、オックスフォード・グループの三人の手助けを受けて回復していた。
  • エビーの話の中の「神」や「祈り」という主題に対して、ビルは反発した。

  1. アーネスト・カーツ(葛西賢太他訳)『アルコホーリクス・アノニマスの歴史――酒を手ばなした人びとをむすぶ』, 明石書店, 2020, pp.74-75 []
  2. PIO, p.111 []
  3. BB, p.13 []
  4. BB, p.14 [] [] [] [] []
  5. Mel B., Ebby—The Man Who Sponsored Bill W., Hazelden, 1998, p. p.58 []
  6. PIO, pp. 113-114 []
  7. Bob S., Ebby in Exile—A Vital AA LinkAA Muncie (aamuncie.org), 2017, p.20 []
  8. Mel B., pp.58-59 []
  9. PIO, p.114 []
  10. BB, p.15 []
  11. PIO, p.115 []

2021-03-28

Posted by ragi