ビッグブックのスタディ (50) 解決はある 3

前回は、ビッグブックは、12ステップという解決法をアルコホリズムで苦しんでいる人たちに届けるための本である、という内容でした。今回は、その続きを読んでいきます。

ここから先は、ビッグブックを書いたのが、なぜ医師やカウンセラーのような専門職ではなく、彼らのような当事者だったのかを説明しています。すなわち、どうしてAAは「当事者が当事者を助ける」という仕組みになっているのか、という説明にもなっています。

アルコホーリクは心を閉ざす

27ページの真ん中の段落では、アルコホリズムという病気が、本人の生活や人生に悪影響を及ぼすだけでなく、周りの人たちを巻き添えにすることについて述べています。そのように苦しめられている人たちも、この本から、この病気についての情報と希望を得て欲しいとも語っています。

そして、その次の段落です:

 たとえ有能な精神科医が、私たちアルコホーリクに、遠慮なくどんなことでも話してみるように促しても、説得は不可能な場合が多かった。だがもっと不思議なことは、精神科医や医者よりも、妻や親、そして親友たちのほうがもっと、私たちのことを近寄りにくいと感じていることである。1)


Highly competent psychiatrists who have dealt with us have found it sometimes impossible to persuade an alcoholic to discuss his situation without reserve. Strangely enough, wives, parents and intimate friends usually find us even more unapproachable than do the psychiatrist and the doctor.2)

これは意味がくみ取りづらい翻訳になっています。アルコホーリクを治療しようとした有能な精神分析医たちが、アルコホーリクたちに対して、彼らの状況について率直に語るように促しても、彼らはまったくそれに応じないことが多かった、と言っています。そして、もっと親身になって相談に乗ってくれる自分の家族や親しい友人たちに対しても、アルコホーリクたちは心の中を打ち明けることがないのです。

酒の問題が自らの生活や人生に悪影響を及ぼしていること、それだけでなく、周りの人たちにもその悪影響が及んでいることは、本人だって分かっているだろうに、いざそのことについて話し合おうとすると、「酒の問題はない」、「最近少し飲み過ぎただけだ」、「酒を減らすかやめるかすれば、元通りになる」などと主張して、酒の問題に向き合おうとしません。

これは現在のアルコール医療では否認と呼ばれており、この病気の特徴の一つだとされています。しかし、なぜ否認が起こるのでしょうか?

共通の理解の必要性

 しかしながら、アルコホリズムからの解決法を見つけ自分自身のことがしっかりとわかっている、かつての問題ある酒飲みたちは、何時間もたたないうちに別のアルコホーリクの全面的信頼を得ることができる。成功への手がかりがつかめる。共感がなければ何をしても無駄なのである。3)


But the ex-problem drinker who has found this solution, who is properly armed with facts about himself, can generally win the entire confidence of another alcoholic in a few hours. Until such an understanding is reached, little or nothing can be accomplished. 2)

「自分自身のことがしっかりとわかっている」の原文は、properly armed with facts about himself です。直訳すると、「自分自身についての事実ファクトによって正しく武装した」となります。「自分自身についての事実」とは、シルクワース医師ビル・Wに教えた身体のアレルギーと精神の強迫観念のことです。つまり、アレルギーと強迫観念について正しい知識を身に付けているという意味です。

ビル・Wがドクター・ボブに初めて会って話をしたとき、その話の中身は「シルクワース博士による説明――アルコホリズムの絶望的な将来についての話」(p.xxi (21))でした。ビルはドクター・ボブにアレルギーと強迫観念という事実ファクトを教えたのです。ビル・Wはその後も様々なところで、アレルギーと強迫観念について伝えることの重要性を、繰り返し説いています。

「アルコホリズムからの解決法」とは、12ステップとそれによって得られる霊的体験のことです。ですから、「解決法を見つけた」とは、12ステップに取り組んで霊的体験(あるいは霊的目覚め)を経験した、という意味です。

エビー・Tがビル・Wに会いに来たとき(pp.12-19)、エビーは霊的なプログラム(12ステップの原型)によって酒をやめていました。しかしエビーの断酒期間はまだ2ヶ月でした。ビルがドクター・ボブに話をしたとき、ビルもエビーから伝えられたプログラムによって酒をやめていました。この時のビルの断酒期間もまだ6ヶ月でした。どちらも、断酒期間の長さによって話に説得力を持たせるには十分な長さとは言えませんでした。しかし、ビルがエビーを、そしてドクター・ボブがビルを信頼したのは、メッセージを運んできた人たちが、解決方法(12ステップと霊的体験)を持っていたからです。

ビッグブックの現在の翻訳の特徴は、understandingアンダースタンディング を共感と訳していることです(ピーター神父による旧い訳では理解と訳していた)sympathyシンパシー(同情)やempathyエンパシー(共感)ではなく、理解をすることです。アルコホリズム(アディクション)とは何かということへの共通の理解がなければ、何も成し遂げられないと言っています。

なぜ否認が起こるのか?

ときには、アルコホーリクが、自分の飲酒の問題に無自覚である場合もあります。この場合は、否認ではなく、単に気がついていないだけです。しかしその場合でも、やがては酒が自分の生活や周囲の人に悪影響を及ぼしていることに気づかざるを得なくなります。

飲み過ぎがトラブルを招いたことを意識したアルコホーリクは、まず「飲み過ぎ」が悪いのだからと、酒の量を減らそうとします。これは一時的に成功することもありますが、もしその人がアルコホーリクならば、身体のアレルギーによる渇望が生じてきて、飲酒量はまた増えてしまいます。するとまたトラブルが起きるようになります。

量が減らせないのなら、いっそのこと飲むのをやめようとします。一時的には断酒できることもありますが、今度は精神の強迫観念によって(本人のやめ続けたいという気持ちに反して)再飲酒が起きてしまいます。飲み始めるとアレルギー反応によって飲酒量はやがて元に戻ってしまいます。

減酒も続けられないし、断酒も続けられません。つまり、解決できないわけです。酒を減らしたりやめたりしたいと思っているのに、それができないならば、諦めるのが自然です。解決できない問題から目を逸らすのは、アルコホーリクに限ったことではありません。人としてごく自然なことです。

なお悪いことは、アルコホーリク以外の人には、酒の量を減らすことも、きっぱりやめることもできることです(そのためにそれなりに努力が必要な場合もありますが)。世の中には、そのようにして酒の量を減らしたり、やめた人がたくさんいます。だから、当時の精神分析医や、家族や友人たちは、この人(アルコホーリク)も努力すれば、それができると期待していたわけです(実際には無理なのに)。そのような無理解が、本人と周囲の人(援助者)との間に壁を作っていくのです。

他の人は努力すればできることを、自分だけはどんなに努力してもできない・・・これは惨めで辛いことです。自分でもなんとか成し遂げたいと思っているし、周りからもそれを期待されている――なのにできない。そのときに、自分にはできないと素直に周囲に認められる人がどれだけいるでしょうか?

例えば、あなたが、解くことができない難しい数学の問題を突きつけられ、「解きなさい」と毎日迫られたらどうでしょう。だんだんそのことにうんざりしてきて、「なんでこんなものを解かなきゃならないんだ、そんなことに何の意味があるんだ」と怒りたくなるでしょう。アルコホーリクの否認とはそのようなものです。

アルコホーリクのなかには、自分は酒の問題があると思ったこともないし、酒をやめようと思ったことも一度もない、と大言壮語する人もいますが、実際には飲酒期間のどこかで減酒や断酒の努力をし、それが失敗に終わった経験があって、「行き止まりの道には足を踏み入れたことはない」ことにしている場合がほとんどです。AAミーティングの分かち合いの中で、そのような減酒・断酒の失敗体験を思い出していく人も多いのです。

どんなに努力しても、断酒も減酒も続かない、と認めてしまうと、自分でも絶望してしまうし、周囲も苛立つだけですから、良いことは一つも起きません。だから、その状況に置かれたアルコホーリクにとっては、否認するのが「最善手」なのです。

どうやって否認を解くか

しかし、回復したアルコホーリクは違うアプローチができます。なぜなら、身体のアレルギーと精神の強迫観念についての正しい情報を持っていますし、解決法も見つけているからです。だから、新しい人にこう言ってあげられます。

酒の量を減らせないのも、やめ続けられないのも、あなたの努力が足りないせいではありません。
どちらも、どんなに努力してもあなたには無理なのです。
私にもできなかったのですから、そのことはよく分かります。
でも、あなたが他の人より劣っているというわけではありません。
これはそういう病気なのです。
残念ながら、この病気を治す手段はまだ見つかっていません。
でも、手段がなくはないのです。
少なくとも、私はその方法で酒をやめていますよ。興味はありませんか?

なんだか困っている人の弱みにつけ込む怪しい商売あるいはカルト 団体の勧誘文句みたいですが、AAは高い金は取らないし(献金は義務ではないし上限もある)、壺も売りつけません。来世で救われるという話ではなく、酒がやめられるという現世利益を追求するところです。

解決の手段があるのなら、否認は最善手ではなくなります。ただ、そのためには「他の人は努力すればできることを、自分はどんなに努力してもできない」と認めなければなりません。このハードルは決して低くはありませんが、同じ病気を持った人が易々と飛び越えてみせれば、自分もやってみようという意欲も起きてくるものです。

アルコホーリクでない人たちは、アルコホーリクに働きかけるときにも、「自分にできることは、この人にもできるはずだ」という思い込みがなかなか取り除けません。それが壁を作る原因になります。ところがAAのアルコホーリクたちは、「できない」(少なくとも自分の力では)ということを出発点にして、できない者どうしの関係でスタートすることができるのです。(cf. 「底つきとは何か」ビル・Wに問う (3) 「なぜAAは効果があるのか」

アルコール医療や回復施設でも多くのアルコホーリク当事者が働いています。それは回復支援に当事者がたずさわることに利点があるからなのでしょう。今回の話は、その利点の一つの説明にはなっているかもしれません。おそらく他にも利点はあるでしょう。ピア・カウンセリングに相通じる部分もありますが、社会的自立に焦点をあてたピアカンと、病気のケアそのものを担う相互支援(mutual aid)には違いもあるのです(AAはピアカンではなくて、相互支援です)

次回は、ビッグブックができた理由です。

今回のまとめ
  • アルコホーリクたちは、治療の専門家たちに率直に悩みを語ることをしない。
  • それどころか、家族や親しい友人たちにさえ、心の内を打ち明けることをしない。
  • なぜなら、アルコホーリクでない人たちは、アルコホーリクも努力すれば、酒をやめたり、減らしたりできると考えており、それがアルコホーリクとの間に壁を作ってしまうからである。
  • しかし、アレルギーや強迫観念のことを理解しているアルコホーリクは、断酒も減酒も(少なくとも自分の力では)という同じところからスタートできるので、そのような障壁を避けられる。
  • アルコホリズムに対するこのような共通の理解が必要であるからこそ、AAは当事者が当事者を助ける仕組みになっているのである。

  1. BB, pp.27-28.[]
  2. AA, Alcoholics Anonymous: The Story of How Many Thousands of Men and Women Have Recovered from Alcoholism, AAWS, 2001, p.18.[][]
  3. BB, p.28.[]

2024-04-09

Posted by ragi