ビッグブックのスタディ (102) どうやればうまくいくのか 14

今回からステップ4に入ります。ビッグブックの第五章92ページです。

自分自身の大掃除

次に、私たちは精力的に行動を始めた。第一歩は、これまでやったことのなかった自分自身の大掃除(a personal housecleaning)だった。1)

ステップ4から始まる作業を、a personal housecleaning(個人的なハウスクリーニング)と呼んでいます。

ドクター・ボブの処方箋

AAの共同創始者ドクター・ボブは、1935年から仕事をリタイアする1950年までの間に5,000人以上のアルコホーリクを無償で治療しました(p.241)。彼は患者たちに1枚の紙を手渡していましたが、その紙はドクター・ボブの処方箋(Dr. Bob’s prescription)と呼ばれるようになりました。

その処方箋 には、アルコホリズムの治療として、

    1. Trust God — 神を信頼し
    2. Clean house — 自分自身の掃除をし
    3. Help others — 他の人たちを助ける

の三項目が記載されていました。2)

AAのラウンドアップやコンベンションと呼ばれる大きなイベントでは、しばしば参加者向けの記念品が作られます。かつて、AAのインターナショナル・コンベンションの記念品としてこの処方箋のレプリカ が作られたのだそうです。それにはドクター・ボブの手書きで al­ways re­mem­ber it(いつもこれを忘れないように)という言葉とサインが書かれています。上の写真はそのさらなるレプリカ(つまりレプリカのレプリカ)を撮影したものです。

人生(生活・生命)の三つの次元(構成要素)この、自分自身の掃除とは何を意味するのでしょうか? 第四章で、神(あるいは神の意志)は私たち一人ひとりのおおもとの深いところに存在している、と説明がありました。さらに、私たちと神との間には障害物が存在しているせいで、私たちは「内なる神」と直接触れ合うことができなくなっている、とありました第87回

自分自身の掃除とは、自分の内側にあるこの障害物を取り除くことで、自分と神が直接触れ合えるようにするための作業です。

自分自身の掃除具体的にはステップ4から10のことを指します。ステップ4・5で棚卸しを行い、ステップ6・7では棚卸しで見つけた欠点に取り組み、ステップ8・9で埋め合わせに取り組みます。そしてステップ10は、ステップ4から9を日々繰り返していくことです。3)

ほとんどの人にとっては、自分の内面を掃除は「これまでやったことのなかった」ことでしょう。掃除をする習慣のなかった私たちの心の中は、まるで汚部屋ごみ屋敷 のようになって腐臭を放っています。だからとりあえずステップ4から9で大掃除を行なってそれを片付けなくてはなりません。しかし、一度きれいにしたとしても、その部屋で暮らしていれば、次第に汚れてゴミが溜まってきます。放っておけば元の状態に戻ってしまいます。だから、ステップ10で毎日の掃除を行うことで、汚部屋やゴミ屋敷に戻らないようにしなければなりません。

毎度の繰り返しになりますが、自分自身の掃除をしても、私たちの心のなかが完璧にきれいになることはありません。12ステップは完璧に実行できるものではないことを忘れないでください。4)

塵一つない状態にはならないにしても、臭いを放つゴミを捨て、窓を開けて換気すれば、爽やかな空気が私たちの心のなかを吹き抜けるでしょう。その爽やかさと、トイレで排泄したときのスッキリ感や、体の汚れを落としたお風呂上がりのサッパリ感、あるいは霊的目覚めの感覚には、何らかの共通点があるのかもしれません・・・卑近なたとえですみませんね。

すぐに

むろん決心をするステップはきわめて重大で、決定的に重要な役割を果たすものだった。だが、それだけでは永続的に新しい生き方を続けていくことはできない。1)

「決心をするステップ」とはステップ3のことです。ステップ3はキーストーン のように重要な役割を果たすステップでした。しかし、決心しただけでは、永続的な効果(permanent effect)は得られません。ステップ3の効果は次第に薄れてしまいます。

その決心にすぐ続いて、自分のなかにある、生きていくうえでの障害となってきたものに直面し、それを捨てるための絶え間ない努力をし、続けていかなければならない。1)


…unless at once followed by a strenuous effort to face, and to be rid of, the things in ourselves which had been blocking us.5)

「生きていくうえでの障害となってきたもの」と訳されていますが、「生きていくうえで」は原文にはありません。私たちの中に妨げになっているものがある、とは言っていますが、それが何の妨げになっているのかは明記されていません。ですが、ここまでビッグブックを読んできたことを踏まえれば、それが私たちと内なる神との関係を妨げていることは明らかです。

ともあれ、私たちはその「妨げになっているもの(障害物)」に向き合い、それを取り除くための努力を続けていかなければ、ステップ3の決心が現実のものになりません。

その掃除はいつ始めるべきなのでしょうか? その決心に「すぐ続いて」とありますから、ステップ3の決心をしたら、すぐにステップ4の棚卸しにとりかかることをビッグブックは読者に求めています(ステップ3が終わったらステップ1に戻りなさい、とはビッグブックは言っていません)。

僕はこのことで失敗したことがあります。15年近く前のことで、ビッグブックをベースにしたスポンサーシップを提供し始めたばかりでした。隣県に住んでいたスポンシーさんに月に一回僕の家まで来てもらい、日曜日の昼間の数時間を使ってステップワークを進めていました。ステップ3まで進んだとき、91ページの祈りを二人で一緒に唱えた後、時間が遅くなったので「では次は来月ね」と言ってスポンシーさんを帰してしまいました。翌月彼に「この一ヶ月間、決心をしたのにその先に進めなくて苦しかったです」と言われたときに、僕は自分の失敗に気づきました。ビッグブックはすぐに取り掛かれと言っているのに、彼を宙ぶらりんの状態で一ヶ月も放置してしまったのですから。それからは、ステップ3の祈りを一緒に唱えた後で、棚卸表の書き方を教えて、次までに書いてきてもらうようにしています。

原因と症候

私たちにとって飲むことは問題の一つの症候にすぎなかった。だから私たちはその原因と、そのためにいまどうなっているかというところまで掘り下げなくてはどうしようもなかったのだ。1)

原因と症候(インフルエンザ)症候 (symptom)とは、おもてに現われてくる症状です。例えば、インフルエンザにかかると、熱が出て、鼻水や咳が出て、頭痛や筋肉痛や悪寒という症候が出ます。しかしその原因はインフルエンザウィルスです。解熱剤や抗炎症薬が処方されることがありますが、それは前述の症状を抑えるためのものです対症療法 。原因であるウィルスを除去するには、抗ウィルス薬タミフルとかリレンザが必要です原因療法

断酒をするには、酒を飲まないための様々な工夫が有効です。だがそれは、対症療法・姑息的治療 にすぎず、原因を取り除いているわけではありません。私たちが安定したソブラエティを得るためには、自分の中にある原因を探り当てる必要があるのです。

原因と症候(アディクション)アルコホリズムへの解決方法として12のステップが公表されたのは1939年のことでした。それ以降、12ステップの適用範囲はアルコール以外の薬物やギャンブルなどの様々なアディクションや、共依存やACなど、幅広い分野に広がっていきました。なぜ12ステップがそのように広範な問題に適用できるのかと言えば、それは個々の症候(おもてに出てくるもの)にアプローチするのではなく、それらの原因にアプローチしているからです。

つまり、その原因は――そう明言しているテキストは見当たりませんが――アディクションの対象や問題の種類によらずに共通しているのです。そうでなければ、12ステップがこれほど多くの問題に適用できることが説明できません。もちろんもうお分かりでしょう。私たちの中に障害物があり、それによって私たちと内なる神との関係が断絶していることが(共通した)原因なのです。

同じウィルスに感染しても、人によって症状の出方は違います(無症状の人もいます)。同じように、神との断絶という原因からどんな症状が引き起こされるか(されないか)は人によって違います。インフルエンザに解熱剤や鎮痛剤が必要なように、アルコールや薬物や共依存という症候に対処することも必要です。しかし、私たちが回復したいと願うのならば、自分の中にある原因を探り当てなくてはなりません。

注意点ただ、勘違いしないでいただきたいのは、ビッグブック(あるいはAA)は、アルコホリズムが引き起こされる原因が神との断絶にあるとは主張していません。アルコホーリクがアルコホリズムから回復できない原因が神との断絶にあると言っているだけです。回復の阻害要因について論じているのであって、病気の原因病因 についてではありません。この二つは別のものです(あなたが風邪を引いた原因は、風邪のウィルスに接したからだが、いつまでも風邪が治らないのは、休息を取らずに働き続けているから)。またビッグブックは、神との断絶が起きた原因についても何も述べていません。私たちのなかで神との断絶が起きており、それが私たちの回復を阻害しているという現況を述べているのみです。第53回で説明したように、AAは原因ではなく解決に関心を向けています。アルコホリズムには霊的あるいは道徳的な原因があるとは言ってのです。「自分は自己中心的だったからアルコホリズムになったのだ」と考えるのは個人の自由ですが、それがプログラムの正しい解釈というわけではありません。

また、AAはアルコホリズムには一つのタイプしかないとは主張していませんし、12ステップはすべてのアルコホーリクに有効だとも主張していません。自分たちの経験から、アルコホーリクの一つの類型(AAが本物のアルコホーリクと呼ぶもの)には霊的体験しか解決がない、と言っているだけです。(cf. 第23回第52回

商売の棚卸し

次の段落に進みます:

そこで私たちは自分の棚卸し(personal inventory=個人の棚卸し)を始めた。これが第四ステップだった。1)

ステップ4で行なう作業は個人の棚卸しと呼ばれます。これはもちろん、商売で行なう棚卸しを自分の人生(生活)に当てはめて行なうことを意味します。個人の棚卸しのやり方の詳細に入る前に、商売で行なう棚卸しについて大まかな知識を得ておきましょう。そうすれば、個人の棚卸しを行なう目的や注意点が分かるからです。

定期的に棚卸しをしない商売は、たいてい倒産するものだ。1)

どうして、定期的に棚卸しをしない商売は倒産してしまうのでしょうか?

ここでは商店(小売業)を例に説明します。商店では商品 を仕入れて販売します。その仕入れ値と売り値の差が儲けになります。

五つの利益
from クレディセゾン

売上高 - 売上原価 = 粗利益

このように売り上げの合計(売上高)から仕入れ値の合計(売上原価)を引いた額が=粗利益 です。粗利益から、賃料や光熱費や人件費や広告費など(つまり販売管理費 を引き、さらにいろいろを引いて、最後に法人税を払って残るのが純利益です。この純利益がマイナスという状態(つまり赤字)が続くと、やがて運転資金 が尽きて倒産することになります。

上の図を見ると、売上高からひたすら引き算をしていって、最後に残ったのが純利益であることがわかります。ならば純利益をプラスにするためには、売上高を増やすことが商売の基本となります(もちろん、人件費を減らすとか、安く仕入れて原価を圧縮するなどの「引く額を減らす」ことも大事ですが、ここは話を単純にするために省きます)。

売上高が大きい商店とは、お客さんがたくさん来店して商品を買ってくれるお店です。そういう人気店を作るのは簡単ではありませんが、商売をするにあたって押えておくべきポイントが二つあります。

一つは、商品を品切れ欠品にしてはいけません。せっかく来店してくれたお客さんも、自分の欲しい商品が品切れでは買いようがありません。残念に思って別の店に行ってしまうでしょう。そうなると、そのお客さんからは1円の売り上げも、1円の利益も上げることができません。これをチャンスロス とか機会損失と言います。品切れを起こさないように、商品は十分仕入れなくてはなりません。

もう一つは、逆に商品を仕入れすぎてもいけないのです(過剰在庫)。倉庫に在庫が積み上がると、倉庫代が余分にかかりますし、売れるまでに時間がかかりますから、その間に賞味期限が切れたり、流行が変わったりして売れなくなってしまいます。売れ残りを廃棄することになれば、売り上げが伸びないだけでなく、廃棄コストがかかってしまいます。

つまり、商売とは仕入れ量が足りなくてもいけないし、多過ぎてもいけないのです。ちょうど売れるだけの量を仕入れる、という難しいことをしなくてはなりません。そのためには、何がどれぐらい売れているかの実績(=現状)を知る必要があります。お店ではたくさんの種類の商品を扱っているでしょうから、商品ごとに販売実績を調べなくてはなりません。

棚卸し作業
from ダイエースペースクリエイト

そこで、例えば三か月ごとに期を区切って、各期末に商品棚と倉庫に在庫が何個あるかを商品の種類ごとに数えるのです。そして前期末の在庫数から今期末の在庫数を引けば、今期その商品が何個売れたかが分かります(途中で仕入れをした場合は、仕入れ数も考慮します)。そうやって「この消しゴムは毎月100個売れている」ということが分かれば、これからもその消しゴムを毎月100個ずつ発注すれば良いことが分かります――実際には需要 は様々な条件によって変動するので、変動を予測して発注数を増減させる必要がありますが、需要を予測するためには実績を知らなければなりませんから、やはり棚卸しは必要です。

この方法は、その期の平均値しか分からず、日ごとの変動がつかめないという欠点があります。コンビニエンスストア の弁当のように曜日や天気によって大きく売り上げが変動する商品もあるのですから、もっと細かなデータが必要になります。そこで編み出されたのがPOS販売時点情報管理 という仕組みです。

1970年代までは、スーパーマーケット で買い物をすると、レジカウンターのおばさんが商品の値札を見ながらキャッシュレジスター のテンキーを打鍵して総額を計算してくれました(だからレジを「打つ」という表現が生れた)

バーコードリーダー
from いらすとや

1980年代になると、商品にバーコード JANコード が印刷されるようになり、レジではバーコードを光学スキャナーに読み取らせるだけで打鍵は不要になりました。これは打ち間違いを防ぐだけでなく、何がいつ売れたのかをリアルタイム に把握できるようにするためです。おまけにポイントカードなどを差し出せば、それを作ったときに申告したデータから、客の年齢や性別まで自動的に収集されます。「雨の水曜日の夜に、30代前半の男性が、スーパードライ6本パックと紙おむつを買った」といった細かなデータを集めることが可能になり、より精度の高い需要予測ができるようになりました。

このようにしてデータの自動収集ができれば、面倒な棚卸しはもう不要になったはずです。でも、POSを導入している商店でも、いまだに定期的に棚卸しをしている店は珍しくありません。POSレジが接続されているコンピューターのデータベース には、商品の在庫数を正確に把握した(電子的な)帳簿が存在しているはずです。なのに、なぜわざわざ人手で在庫を数え直すのでしょうか?

それは、データベース上の帳簿が現実を反映しているとは限らないからです。帳簿には「こうなっているはず」という数字が載っているだけです。実際に在庫を調べてみれば、それはすでに賞味期限が切れて売り物にならなくなっているかもしれません。生ものであれば、カビたり、しおれたりしているかもしれません。落として壊れていたり、日に焼けて脱色しているかもしれません。そのような売り物にならない在庫は、在庫数から除かなくてはなりません。はたまた、万引きされて店頭から現物が無くなっている場合や、従業員が倉庫の在庫を横流ししている場合だってあります。腐ったものを商品棚に並べていたり、存在しない在庫を売ろうとすれば商売は失敗します。棚卸しは帳簿上の「こうなっているはず」という数字を現実に合わせるための作業でもあるのです。

ざっくりまとめると、棚卸しは、商品がどのように流動しているかを調べることで、最適な仕入れができるようにするためのものです。ときには、売れ行きが落ちて倉庫に在庫が積み上がっている商品があぶり出されることもあります不良在庫 死に筋 商品の発見)。そうした商品は、思い切って値下げして叩き売ってしまうか、それが無理なら廃棄処分にするしかありません。そうすれば、倉庫の空いたスペースに利益を生み出す別の商品を仕入れることができます。

また、帳簿の数字が現実の在庫数とずれてしまったときに(これは必ずと言って良いほどずれるのですが)、それを現実に合わせるという狙いもあるのです(「こうなっているはず」の修正)。

棚卸しは、事実把握し、それに正確に向き合おうとする過程であり、在庫品の現状(truth=真実を知るための努力である。その目的の一つは傷もの、売り物にならない品物をより分けて、思い切ってすぐに処分することである。6)


Taking commercial inventory is a fact-finding and a fact-facing process. It is an effort to discover the truth about the stock-in-trade. One object is to disclose damaged or unsalable goods, to get rid of them promptly and without regret.5)

上で説明したように、商売の棚卸し(commercial inventory)は、在庫品についての事実(fact)・真実(truth)を知るための努力です(fact-finding=事実を把握する。棚卸しをする目的の一つには、傷ものの商品を売らないようにそれを取り除くことであり、売れずに積み上がった不良在庫を「思い切ってすぐに処分する」ことです。

商売を成功させたければ、在庫品の価値について自分をごまかしてはいけない。7)

ここでも自分に正直にならなくてはならない、と言っています(fact-facing=事実に向き合う。「この商品の価値が分からない客が悪いのだ!」などと言っていては倒産すること間違いなしです。

商売の棚卸しの目的
  • 不良在庫の発見
  • 帳簿を現実に合わせる

個人の棚卸し

私たちはそれと同じことを、自分の生き方(life=人生・生活)について行ったのだ。私たちは正直に棚卸しをした。まず、自分の失敗の原因となっている、自分の欠点を探し出そうとした。7)

商売の棚卸しの目的の一つは、在庫品の中から不良在庫品を見つけ出して、思い切って処分することでした。なぜなら、それらは商売を失敗させる原因になるからです。個人の棚卸しも同じで、自分の人生・生活上の失敗の原因になっている欠点(flaws)を見つけ出すことが目的の一つです。

意志と生き方商売の棚卸しでは在庫品を調べましたが、個人の棚卸しでは自分の生き方(life)を調べるとあります。私たちはステップ3で、私たちの意志(our will)が私たちの行動の元になっていること、そして行動が積み重なって私たちの生活・人生(=生き方を形作っていることを学びました第92回。つまり、個人の棚卸しでは自分の行動考えを調べていくのです。

私たちの行動が何らかの問題を引き起こしているにしても、その行動の元には私たちの意志(考え)があわけですから、私たちの欠点は私たちの考えの中にあるのです。

私たちは生きるために常に仕入れをしている

しかし、これは奇妙ではないでしょうか? 欠点とは、自分が生きていく上でマイナスになるものです。自分に失敗と不利益をもたらすものです。なのになぜ私たちは、欠点を持っているのでしょうか?

それは、商売でなぜ不良在庫が生じてしまうのかを考えれば分かります。最初から売れないと分かっている商品を仕入れる人はいません。「これは売れる(そして儲かる)」と思うからこそ、それを仕入れます。そして、実際に売れて儲かります。だからもっと仕入れて、もっと売ります。そうやって好循環が回っているうちは良いのですが、やがて季節が変わり、流行が変わり、消費者の心が離れて、その商品が売れないときがやってきます。その時に倉庫の在庫が不良在庫に変わるのです――つまり、不良在庫も以前は優良な在庫であり、商売に役に立ってくれていたのです。

私たちの欠点も同じです。わざわざ欠点を身に付けようと努力する人はいません。その逆で、私たちは生きていく中で役に立つ考えを身に付けようと努力します。ある状況に対して情報収集や熟考や試行錯誤を重ねて、そこから「こういう場合には、こうすればうまくいく」というやり方(すなわち考え方)を見つけます。つまり成功体験です。次に同じような状況に出くわすと、同じ考え方を使い、再び成功を手にします。そうやって成功体験を積み重ねることで、私たちの中でその考え方や行動が強化されていきます。役に立つ考えや行動なのですから、これは優良な在庫だと言えます。

『ファスト&スロー あなたの意志はどのように決まるか』
『ファスト&スロー あなたの意志はどのように決まるか』

私たちの記憶には、状況ごとに役に立つ考えがたくさん蓄えられていて、私たちは状況に応じて記憶という倉庫からそれを引き出してきて使います。その考えを身に付けたときにはじっくりと考えて判断を下していましたが、それを取り出して使うときには熟考しなおしたりせず、すぐにその考えを使って素早く判断しますヒューリスティクス 。前者を「遅い思考」、後者を「早い思考」と呼び、多くの心理学者が研究していますが、そのなかでも最も有名なのがノーベル経済学賞 を受賞したダニエル・カーネマン (1934-)でしょう。(興味のある方には彼の著書『ファスト&スロー あなたの意志はどのように決まるか』をお薦めします)。8)

私たちは日常生活の中でもたくさんの判断を下さなければならず、そのたびに熟考を重ねるわけにはいきません。ほとんどの判断を「早い思考」に頼って行なっています。そうすることで十分に日常生活を送れているはずです。つまり私たちの頭の中にある考えの大部分は役に立つものなのです。そうでなかったら私たちは日常生活を続けることすら難しいでしょう。

優良な在庫が不良在庫(欠点)に変わる

ターミナル駅のホーム
by 研究★室長, from フォト蔵, CC BY-ND 2.1 JP

しかし、早い思考が必ずしも正しい答えを導き出せるとは限りません。なぜならそれは変化に対応できないからです。単純な例を挙げましょう。僕はホームグループのミーティングに出た後、JRの電車に乗ってターミナル駅まで移動し、私鉄に乗り換えます。私鉄の電車に乗るときに、最初は発車標 を見て、どの番線の電車に乗れば良いか判断していました(遅い思考)。やがて「この時間帯は1番線の電車に乗れば良い」ことを憶えたので、それからは発車案内を見ずに1番線の電車に乗り込むようになりました(早い思考)。しかしあるとき、僕はいつものように1番線の電車に乗り、少し空いていることを奇妙に思いながら、座席に座ってスマートホンをいじっていたところ、発車したのは自分の乗った電車ではなく、ホームの反対側の2番線の電車だったのです。僕はとても驚いたのですが、単にダイヤが変わっただけでした。つまり環境の変化が、僕が熟考と経験から得た「この時間帯は1番線の電車に乗れば良い」という考えを欠陥品(flaw)に変えてしまったのです(この場合は環境の変化が原因ですが、自分自身の変化が原因であることもあります)。

この乗り間違い事件の影響を被ったのは僕だけで、しかも数分後には僕の乗った電車も発車したので、わずか数分の時間を失っただけでした。しかしこれが、人間関係や金銭に関するミスだった場合、自分以外の人にも迷惑をかけ、自分にも大きな苦しみをもたらすことがあります。

私たちが年々暮らす中で、家族構成が変わったり、付き合う人が変わったり、仕事が変わったりして、私たちを取り囲む環境は変化していきます。また自分自身を年を取って変わっていきます。すると、いままでは役に立っていた考えのなかに役に立たないものがでてきます。役に立たないどころか、自分にも周囲にも害をもたらすようになる(短所・欠点になる)こともあります。なのに私たちはその考えをなかなか手放せません。――つまり、私たちの欠点は、かつて努力して身に付け、役に立っていた考えなのです。

商売で商品を仕入れて在庫にするように、私たちは生きる中で何らかの考えを仕入れて、それを使って生きてきました。そして優良在庫が不良在庫に変わるように、役に立っていた考えの有用性が失われ、害をもたらすようになっても、私たちは愛着のある自分の考えをしばしば手放せずにいるのです。

僕の「この時間帯は1番線の電車に乗れば良い」という考えは、発車標を見るだけで身に付いたもので、それを得るのにほとんどコストがかかりませんでした。だから、それを手放すのも難しくはありませんでした。しかし、場合によってはとても苦労し、大変な努力をして、ようやく一つの考えを身に付けられることもあります。そのように多大なコストを負担して仕入れた考えは、役に立たなくなったとしても、処分する踏ん切りがなかなかつかないものです。

わきみちアダルトチルドレン (AC)の人たちの苦しみは、異常な家庭環境で育った子供時代を生き抜くために身に付けた考え方や行動が、大人としての現在の生活の妨げになっていることからきています。その考え方は子供時代を生き抜くのに役立っていました。しかし、自分が大人になるという変化があり、現家族から一般社会へと身を置く環境も変化しました。その結果、かつては役に立ってくれた考えや行動が、むしろ自他に害をもたらすものに変化してしまったのです。

「これは役に立つ考えだ」という思いが強くなると、その考え方は「信念」と呼べるレベルに達します。信念 とは固く信じて疑わない考えのことです。しかし幸せに生きていきたいのなら、その信念を捨てねばなりません。棚卸しとは自分の信念を打ち崩す作業でもあるのです。同じ信念を抱えたまま、これまでと違う人生を生きることはできません。

簡単にまとめると、私たちが個人の棚卸しで見つけるべき欠点・短所は、かつては生きるのに役に立っていた考えや信念です。私たちは棚卸しに自分の失敗を書き記していきますが、私たちを苦しめているのはその失敗の体験ではなく、それ以前にあった成功の体験なのです。つまり、成功体験が私たちを苦しめる元凶なのだ、という視点を持っているべきです。

棚卸しをするなかで、もはや役に立たなくなった自分の考えや信念を見つけたとき、それをいつ頃身に付けたのかを考えてみると良いでしょう。アダルトチルドレン(AC)の人に限らず、子供時代に身に付けた考えが今の自分を苦しめていることは珍しくありません。また、ACの人の苦しみのすべてが子供時代に起因しているとも限りません。私たちは大人になってからも(当然現在でも)、次々と新しい考え方を仕入れ続けており、その中には今後欠点に化けるものもあります。回復のプロセスのなかで身に付けたものですら、将来役に立たなくなり、捨てざるを得なくなるものもあって当然です。12ステップは何かを身に付けるためのものではなく、捨てていく手段(=掃除)なのです。

つまり12ステップはこう言っているのです。あなたに何か足りないものがあるのではなく、余分なものを持っているのだと。だから早くそれを捨てた方が良いと。

長所は探さない

AAの『12のステップと12の伝統』12&12というテキストでは、資産と負債という言葉が使われています。9)負債(liability)という言葉は「マイナスに作用するもの」、つまり欠点や短所という意味で使われています。しかし資産(asset)という言葉は長所という意味で使われてはいません。それは単に有用なものという意味で使われているのみです。日本語の長所という言葉には、優れているところ、つまり他者と比較して勝っているところという意味があります。棚卸しは自分が優越しているところを探すためのものではありませんから、自分の長所を探す仕組みにはなっていないのです。

商売の棚卸しは、棚卸資産 の内容を調査するものです。その資産の中には、優良な在庫もあれば不良在庫もあります。個人の棚卸しでは、自分の考え(考え方や信念など)という資産を調査します。その資産の中には、役に立つ考え方もあれば、もはや役に立たないどころか害になる考え方(欠点)もあります。この欠点のことを12ステップでは負債と呼んでいるのです。資産の中に負債が含まれているのです(会計学 の考え方からすればヘンですけど)。「資産を調べて負債を見つけ出す」という構造を理解すれば、資産と負債が対立の関係(長所と短所の関係)に置かれているわけではないことが理解できるはずです――12&12では、自分の中にある欠点ではないもの全般を資産と呼んでいるのです。

AAの棚卸しは欠点ばかりを探して長所を見つけようとしない、と批判は的外れです。私たちにはたくさんの資産があり、それはわざわざ探す必要もないのですから。また、棚卸しは人より優れているところを見つけてそれを誇ったり、自分を満足させたりするためのものでもありません。

棚卸しのプラグマティズム的側面

さて、商売の棚卸しでは、商品の本当の価値を評価しているわけではありません。単に、商品の売り上げ実績を把握しているだけです。

商品そのものの価値ではなく、売れるか売れないかでその商品を扱うかどうかを決めるのです。この商品はひょっとしたらとても良いものかもしれないけれど、現実にお客さんにはまったく人気が無いので、これを売るのは諦める、という判断が商売には必要なのです。

同じように、私たちの持っている様々な考えそのものを評価するのは簡単ではありません。この世の中には様々な思想や信念が存在しますから、どんな考えが「正しい」のかという話を始めると難しい議論が始まってしまいます。だから、考えを直接評価するのではなく、その考えにもとづいた行動とその結果を評価するのです。私たちの何らかの行動が失敗をもたらしたのなら、その行動の元になっている考え――多くは「早い思考」として意識すらされていない意志――を「役に立たない」と評価するのです。これが正しい考え方だと自分は信じてきたけれど、現実には自分の人生(生活)に失敗をもたらしているので、もうその考え方を使うのは諦める、という判断が人生には必要なのです。

正しいかどうかを議論するよりも、現実に役に立っているかどうかを重視する。これはプラグマティズム そのものです。プラグマティズムについては第80回で説明しました。

人間の持っている能力は有限であり、だからこそ人間は究極の真理は知り得ません(それを知っている存在があるとすれば神だけ)。だからこそプラグマティズムは人間がそれぞれに多様な信念や価値観を持つことを認めています多元主義 。と同時に有限な人間の持つ信念や価値観はは常に誤りうると捉えます可謬主義

しかし現実には何が正しいのか(何が真理であるか)を判断する必要もでてきます。そこでプラグマティズムの提唱者の一人ウィリアム・ジェームズは、信念や知識を実践した結果として有用な結果がもたらされたのであれば、その信念や知識を真理として認めよう、という主張を行ないました。

プラグマティズムは、有用な結果をもたらす限りにおいて、どんな思想でも、どんな価値観でも持つ自由を人間に与えました。逆に言えば、その考えを使った結果として有用な結果をもたらさず、むしろ失敗が引き起こされているようになったならば、その考えを修正するか、思い切って捨ててしまって別の考えを探していく必要があります。その姿勢なくして、プラグマティズムは機能しません。

棚卸しはプラグマティズムの実践そのものなのです。プラグマティズムについては第80回と「プラグマティズムと12ステップ」も参照してください。

「こうなっているはず」を修正する

もう一つ、商売の棚卸しには、帳簿上の数字と現実の在庫の違いを見つけ、帳簿を修正するという目的がありました。「こうなっているはず」はしばしば現実と違っているのです。

私たちは、「自分のことは自分が一番良くわかっている」と思っています。しかし残念なことに、「自分はこういう人間のはずだ」という考えは、現実の自分とはしばしば違っているものです。人間は、自分の欠点から目を背けるのが得意なのです。

ほとんどの人は、毎日自分の顔を見ています(僕も洗面所で顔を洗うときに、鏡で自分の顔を見ます)。だから自分の顔のことはよく知っていると思っています。では、スマートホンを持っている方は、そのカメラ機能を使って自分の顔を撮ってみてください。その写真を見ると、気がつかないうちに顔にシワが増えていたり、シミが濃くなっていたり、ほくろから毛が生えていたり・・・と見たくない現実を見せつけられてしまいます。毎日顔を見ているのにそうした欠点(?)に気がつかないのは、自分の欠点を見ないという習性が私たちにあるからです。

だから、棚卸しによって「自分はこういう人間だ」という思い込みを現実の自分に合わせて訂正する必要があるのです。それが棚卸しにおける正直さです。

自己の現れ方

いろいろなかたちで現れた利己心(self=自己)こそが失敗の原因だったことを確信した私たちは、その利己心がふつうどのようなかたちで現れていたのか考えてみた。7)

利己心と訳されていますが、失敗の原因は自己です。自己については、ステップ3で学んできました。それは私たちの本能であり、枠を外れて暴走しやすいものでした。私たちの本能の暴走が私たちに失敗をもたらしていることは、いまさら説明の必要はないでしょう。

現れる(manifest)という言葉が二回出てきます。本能(の暴走)は、普通どのような形で現われるのでしょうか。ビッグブックでは、それは恨み恐れの行動として現われるとして、その順番で棚卸しを進めていきます――この三つ以外の現われ方はしないということではありません。最もポピュラーな現れ方がこの三つであるとしているだけです。ですので、AA以外の12ステッププログラムでは、この三つに加えて、他の項目の棚卸しも行なうものがありますが、この三つが外されることはあまりありません。

しかし、どのような棚卸しをしようとも、その目的は共通しています。その目的については、ステップ4のなかで明らかになっていきますが、大切なことは「どのように棚卸しをするか」ではなく、その目的を達成することです。その目的が達成できさえすれば、棚卸しのやり方などというものは、実にどうでもいいことなのです(p.73・第81回。きちんとした棚卸し表を作ることを目指すのではなく、目標を達成することを目指しましょう。

とは言うものの、目標を知らねばそこを目指せませんし、やり方についても基本は知っておいた方が良いでしょう。次回からは恨みの棚卸しを扱います。

今回のまとめ
  • ステップ4~10を掃除(house cleaning)と呼ぶ
  • 掃除は、自分の中にあって内なる神との関係を妨げている障害物を取り除く作業
  • 回復するためには、自分の中にある原因を探り当てる必要がある
  • 商売の棚卸しには、不良在庫を発見して処分する、帳簿を現実に合わせるという目的がある
  • 個人の棚卸しでは、自分の考えを調べ、その中から欠点を見つけ出す
  • 私たちは生きる中で、役に立つ考えを仕入れ続けている
  • 欠点とは、かつては自分の人生・生活の役に立っていた考え方や信念が、自分や環境の変化によってその有用性が失われたのに、手放せずにいるもの
  • 私たちは自分のことは自分が一番良くわかっていると思っているが、棚卸しはその思い込みを修正するためのものでもある

  1. BB, p.92[][][][][][]
  2. これは12ステップをさらに要約したものになっている。他には give up, clean up, live up — 降伏する・掃除する・(神に)従って生きる、という要約もある。[]
  3. clean house または house cleaning という表現はpp.105, 119, 121, 136, 142, 235に出てくる[]
  4. 12&12, p.136[]
  5. AA, Alcoholics Anonymous: The Story of How Many Thousands of Men and Women Have Recovered from Alcoholism, AAWS, 2001, p.64[][]
  6. BB, pp.92-93[]
  7. BB, p.93[][][]
  8. ダニエル・カーネマン(村井章子訳)『ファスト&スロー あなたの意志はどのように決まるか』, , 早川書房, 2012[]
  9. ただし、ステップ10では、貸借対照表(バランスシート)を例に、debits(借方)とcredits(貸方)を書いていくとあるが、これらの用語を避けて資産と負債という言葉に変えており、しかも取り違えて反対の意味に訳されている。12&12 pp.11,116,122.[]

2024-05-16

Posted by ragi