ビッグブックのスタディ (29) 医師の意見 まとめ
「医師の意見」だけで20回も費やしたので、重要なポイントをピックアップしておきます。
ステップ1の前半は私たちがアルコールに対して無力であると言っています。「医師の意見」はこの「アルコールに対して無力」の内容を説明してくれます。
アルコホリズムの身体面
「医師の意見」のなかで最も重要な情報は、アルコホーリクは正常な酒飲みには戻れないということです。
アルコホーリクが酒を飲みすぎる原因はどこにあるのでしょうか?
原因がその人を取り巻く環境にあるのなら、環境を変えれば正常な酒飲みに戻れるはずです。しかし、アルコホーリクの場合には、環境を変えても飲んだくれたままです。
何らかの心理的(あるいは精神的)な原因があるのなら、それを取り除けば正常な酒飲みに戻れるはずです。しかし、アルコホーリクの場合には、心理的問題を解決しても飲んだくれたままです。
シルクワース医師は、アルコホーリクが酒を飲みすぎるのは身体的(あるいは体質的)要因があると指摘しています。アルコホーリクが酒を飲むと渇望と呼ばれる強い欲求が生じてきて、渇望に屈してより多くの酒を飲んでしまう、という彼の説明は、私たちアルコホーリクの体験をうまく説明してくれます。
過去のある時点では、環境要因あるいは心理的要因によって飲酒量が増えていたのかもしれません。しかし、いったん渇望が生じるようになってしまうと、環境を調整しようが、心理的要因を解決しようが、飲酒のコントロールは取り戻せません。なぜなら、渇望はアルコホーリクの身体的な問題だからです。
彼はこれをアレルギーという言葉で表現しました。アレルギーという言葉は免疫系 の問題であることを連想させる一方で、現在ではアディクション(嗜癖)が脳の報酬系 のトラブルであるという考えが一般的になってきていますから、アレルギーという言葉はナンセンスだと感じる人もいるでしょう。ですが、アレルギーという説明と、脳の報酬系のトラブルという説明に共通しているのは、それが私たちの身体的(体質的)な問題であるということです。
この身体的要因・アレルギー・渇望については、ビル・Wが xxxii (32)~xxxiii (33)ページで、シルクワース医師が xxxv (35)ページと xxxvii (37)~xxxviii (38)ページで述べています。
特に xxxviii (38)ページには「これまでこの症候を根治できる治療法はなかった」とあり、この身体的な変化が不可逆なもので、アルコホーリクは普通の酒飲みには戻れないことをはっきり伝えてくれます。ピクルスはキュウリには戻せない(you can’t turn a pickle back into a cucumber)のです。(これを日本風に言うと「タクアンは大根には戻せない」となる)。
ジョー・マキュー(Joe McQ, 1928-2007)は『プログラム フォー ユー』でこう述べています:
こうしてみると、シルクワース博士の発見がどれほど重要であるかがわかるだろう。博士は、アルコホーリクが何をしなければいけないのか、そして、なぜそうしなければならないのかを正確に伝えたのである。すなわち、飲酒を完全にやめることであり、その理由はアルコールに対してアレルギーを持っているからである。
アルコホーリクは自分の身体のどこが異常なのか――アルコールへのアレルギーがあり、それが一生治らないことに気づいたとき、考え方が変わりはじめる。シルクワース博士の情報は、飲み続けようとする古い考え方を頭から締め出してくれるのである。1)
「最初の一杯」が渇望の引き金を引いて飲酒のコントロールを失わせるのであれば、「最初の一杯に手をつけない」すなわち完全に断酒するしかありません。
アルコホリズムの精神面
では、なぜ断酒を決意したアルコホーリクが再び酒を飲んでしまうのでしょうか。アレルギー反応が起きるのは「最初の一杯」を飲んだ後ですから、身体のアレルギーが再飲酒をもたらすわけではありません(原因物質であるアルコールはまだ体内に入っていない)。最初の一杯は精神の強迫観念がもたらすのです。
実は「医師の意見」は強迫観念についてはあまり多くを述べていません(むしろ、第二章・第三章で詳しく述べられています)。しかし、基本的なことは xxxvi (36)ページで触れています:
・・・飲んでいっぺんにふっと楽になる感覚を再び体験せずにはいられない。ふつうの人にとって飲むことは何の差し障りもないのだ。そこで、多くのアルコホーリクは欲求に負けて飲み始める。2)
自分も普通の人のように酒を楽しむことができる、という考えは真実ではありません。私たちアルコホーリク本人も、それが虚偽(false)であることは、よく分かっています。なのに再飲酒するときの私たちには、「最初の一杯」を飲んだらどうなるかが見えなくなっています。
「普通の人のように飲める」という考えは、再飲酒が起こるときの考えの一つのサンプルに過ぎません。アルコホーリクが酒を飲む瞬間に(飲んだらどうなるかを見えなくするために)自分自身に信じ込ませる虚偽は、実に多種多様です。大事なことは、それがすべて偽り(false)だということです。
強迫観念がどれほど強力なものであるかは、経験した者でないと理解できないでしょう。どんなに強く断酒を決意しようと、心の底から二度と飲みたくないと願っていようと、いざ強迫観念がやってくれば、あっさりと酒に手を出してしまうのです。周りからは「酒を止めるというのは口先だけだったのか」とか、「本気で止めようと思っていないから飲むのだ」と思われて信用を失ってしまいますし、自分でも意に反して飲んでしまう自分が信じられません。「この病気に本当につかまった人たちは、ただただ誰にも理解できない人間になる」(BB, p.35)のです。なぜ飲んでしまうのか、周りにも本人にも理解できません。しかし、スリップの瞬間はある種の狂気に襲われているのだと理解すれば少しは納得できるのではないでしょうか。
強迫観念に対して鉄壁の防御を自力で築けるアルコホーリクはいません。だから、すべてのアルコホーリクは多かれ少なかれ再飲酒のリスクにさらされているのです。
二つを組み合わせる
身体のアレルギーが引き起こす渇望によって、アルコホーリクは安全に酒を飲むことができません(can’t drink)。ならば酒を止めることにしても、精神の強迫観念が再飲酒をさせるので、酒をやめ続けることもできません(can’t quit)。
これを「アルコホーリクは飲むこともできないし、やめることもできない」と表現します(これに対して普通の人は、飲むことも飲まないことも自由にできます)。
だから、アルコホーリクは酒を止めている時期と飲んでいる時期を交互に繰り返していくことになります(右図:アディクションのサイクル)。飲んでいる時期と止めている時期の比率や一周する周期は人によって様々ですが、悪循環の中に捕まえられて外に出られなくなっている点は皆同じです。
解決はどこにあるのか
シルクワース医師は xxxvi (36)ページで「心理現象のような霊的変化(psychic change)」が起こるまで、この悪循環が繰り返されると述べています。
逆に言えば、霊的変化が起きれば回復できるわけです。そのために必要なのは「幾つかの簡単なルール」に従うことだと言います。そのシンプルなやり方とは、彼が「道徳心理学」と呼んだものであり、ビル・Wたちが作り上げた12ステップのことです。
シルクワース医師は「医師の意見」のなかで神やハイヤー・パワーという言葉を使ってはいませんが、科学の徒である彼なりの言葉で何度かハイヤー・パワーに言及しています。そして、医学の力でアルコホーリクに霊的変化を起こせたのはごくわずかであることを率直に認め、霊的変化を起こすには人間の知恵を超えた何か(=ハイヤー・パワー)が必要であろう、と述べています。
つまり、私たちが12ステップに取り組むことで、ハイヤー・パワーが私たちに霊的変化を引き起こしてくれ、それによって私たちが回復できるということを、「医師の意見」は伝えてくれます。
そして、実際にそのように解決がもたらされた二人の事例(ヘンリー・Pとフィッツ・M)の例を紹介しています。
「医師の意見」を読んで
僕が考えるに、シルクワース医師の最も大きな功績は、アルコホーリクの「酒を飲みたい」という欲求を、最初の一杯を飲む前(強迫観念)と、飲んだ後(渇望)の二つに分けたことです。
(飲んだ後の)渇望については解決手段がありませんから、(飲む前の)強迫観念を解決するしかありません。そのためには12ステップという方法がありますよ、と説明してくれます。
私たちは「医師の意見」から、身体のアレルギーと精神の強迫観念について学びました。大事なことは、この二つを自分の問題として理解することです。学問的な知識ではなく、自分が抱えている問題として意識することができれば、ステップ1は済んだも同然です。
その時私たちは、自分が絶望的(hopeless)な状況に置かれていることを理解するでしょう。第三章の先頭にあるように「なんとかなるだろうという考え」は、徹底的に打ち砕かなくてはなりません。ステップ1は絶望のメッセージなのです。
しかし、人間は絶望的な現実だけを見据えて生きていくことはできません。出口のない絶望からは目を逸らしてしまうものです。解決への希望が見えなければ、この先に破滅が待っていると分かっていても、何も変えずに今まで通りの日常を続けていってしまいがちです。(夏休みの宿題をやんなきゃなー、と思いながら、今日も宿題に手を着けずに過ごしてしまう心理の拡大バージョン)。
だからシルクワース医師は、絶望と同時に希望も提示しています。その希望とは、12ステップに取り組めば、人間の知恵を越えた何かが私たちを助けてくれるということです。このように、絶望と希望を同時に提示することで、人はようやく絶望的な現実に向き合えるのです。(誰かが手伝ってくれるのなら宿題に手をつける気持ちになれるでしょう)。
しかしながら、「医師の意見」は医師の立場から理屈を説明してくれるだけです。その理屈を自分に当てはめて考えるのは意外と難しいことです。それよりも、当事者の実体験のほうが同一感を持って理解しやすい面があります。だから、次の第一章は、AAを始めたビル・Wが自分の経験を語ってくれるのです。その体験から私たちは、身体のアレルギーと精神の強迫観念の実際を知ることができます。
- 「医師の意見」からは身体のアレルギーと精神の強迫観念について知識を得ることができる。
- この二つの組み合わせは、アルコホーリクが悪循環に囚われて抜け出せなくなっている絶望的な状況を現わしている。
- 12ステップに取り組むことで、私たちに霊的変化が起きれば、その悪循環から抜け出せる。つまり回復することができる。
やれやれ、やっと「医師の意見」が終わりました。
最近のコメント