ビッグブックのスタディ (59) 解決はある 10

本人にも、周囲にも分かる変化

霊的体験(急激なタイプ)はまれにしか起こりません。しかし、AAの始まりの頃には、かなりの人たちが霊的体験をしましたビル・Wによれば10%の人たち(第57回))。これは現在と比べると、かなりの高率です。

それについての一つの説明として、ビルたちが入院したタウンズ病院で解毒目的で使われていたベラドンナ という生薬が挙げられます。ベラドンナはアルコールの解毒には有効であったものの、毒性が強く、幻覚 を誘発する性質があることが分かっていました。ですから、初期のメンバーの霊的体験は、ベラドンナが引き起こした幻覚だったという可能性はあります。第36回

アルコール(やその他の薬物)の離脱時に幻覚が起こることはよく知られています。離脱による幻覚は、例えば「死ね、死ね」という声が聞こえてくるとか、家族が自分を殺す相談をしているとか、警察に見張られているなど、恐怖や非難の体験として語られる傾向があります。一方で、ベラドンナによる幻覚は、その人が最近に行った会話を元に、それをはるかに空想的にしたものになるのが典型的です。多くの場合には、その刺激になった経験で得たであろう願望を満たすかたちとなります。1) ビルの場合には、この入院の前にエビー・Tの訪問を受け、アルコホーリクが霊的体験によって救われるという話を聞いていました第40回第41回。ビルはエビーを地下鉄の駅まで送りながら、「エビーが見つけたものが何であれ自分もそれが欲しい」と言いました第43回。ビルは霊的体験を得ることを望んでいたわけです。

僕は「自分も霊的体験をした」と主張する人の話を聞いたことが何度かあります。霊的体験は主観的な経験ですから、ご本人がそう言うのを否定するわけにもいきません。しかし、ビル・Wがウィリアム・ジェームズ『宗教的体験の諸相』から学んだことの一つは、霊的体験が客観的実在性を持ちうるということでした。客観的ということは、他者からの観察を通じてそれが明らかにできるということです。

ビル・Wの霊的体験の話を聞いたシルクワース医師が、それがベラドンナのもたらした幻覚である可能性を十分承知しながらも、それを指摘しなかったのは、医師の彼から見て、ビル・Wがそれ以前とは大きく変わっていたからでした。毎日病室を訪れていた妻ロイスから見てもビルの変化は明らかでした第45回

ジョー・マキューは、彼が出会った12ステップによって回復した数千人のなかで、急激な霊的体験をしたのは5人だったと述べていますが、そのどれもが突然の奥深い人格の変化であり、その変化はどんな不注意な観察者にとっても明らかなものであったと付け加えています。2)

急激な霊的体験であれ、ゆっくりとした霊的目覚めであれ、それは、本人にも、周囲にもわかるかたちで、人格(personality)の変化をもたらします。BB, p.571/267)それによって、自分を超えた偉大な力の存在を意識するようになり、その力が自分を変えてくれたことを知るようになるのです。

何を信じるのか

「ステップ2に取り組んでいるのだが、まだ神を信じることができない」と言う人がいますが、ステップ2はハイヤー・パワー(神)を信じることを要求していません。ステップ2の文章は、

自分を超えた大きな力が、私たちを健康な心に戻してくれると信じるようになった。3)

となっています。「自分を超えた大きな力」とは、ハイヤー・パワー(神)のことです。「健康な心に戻してくれる」とは、私たちを強迫観念から守ってくれるという意味です。

健康な心sanityサニティ正気の語源は、sanitasサニタスというラテン語で、「健康」や「全体性」を意味します(つまり「健康な心」と「全体性」は同じ意味である)4) ビル・Wは、私たちの多くは健全な知能を持っていると述べています第55回。たとえば、熱いストーブの上に手を乗せる人はいません。なぜなら、火傷をすることが分かっているからです。なのに、飲めばどうなるか分かっていても、強迫観念があるために、私たちは最初の一杯の酒を避けることができません。ハイヤー・パワーが強迫観念を解決してくれれば、私たちの飲酒の問題は解決します。

ステップ2の段階では、ハイヤー・パワー(神)が何者であるかは、まだ私たちには分かりません。しかし、それはどこかに存在していて、私たちがそれを見つければ、私たちに代わって強迫観念を解決してくれる・・・ということを信じるのがステップ2です。

ハイヤー・パワー(神)が何者なのかは分からなくとも、少なくとも、私たちのアルコホリズムを解決する力を持っているということを信じるのです。これは、別に難しいことではありません。私たちが虫歯になったとき、自分では虫歯を治せないと無力を認め(ステップ1)、個人的にどういう人物なのかはよく知らないけれど歯医者にはそれを治す能力があると信じるからこそ(ステップ2)、決心して歯医者に向かうのです。ビルは、神を「偉大なる医師」と呼びました。5) 私たちは自分ではアルコホリズムを治せないと認め(ステップ1)、神にはそれができると信じ(ステップ2)、決心をして(ステップ3)その先のステップへと進むのです。

ですから、ステップ2の段階では「神が何者であるか」が分かる必要はまったくありません。

良い歯医者を見つけた人は、虫歯を患っている人を見つければ、「あそこの歯医者は、腕前が良く、治療は痛くないし、上手だから」とその人にお薦めするでしょう。同じように、霊的に目覚めたアルコホーリクは、他のアルコホーリクに「あなたもアルコホリズムをハイヤー・パワーに解決してもらったどうですか?」と勧めるでしょう。これが12ステップのメッセージです。

しかし、いきなりその段階へは到達できません。ステップ2で私たちが得られるのは、「ハイヤー・パワーが強迫観念を解決してくれる」という情報だけです。そして、その情報は真実です第56回。ステップ2は、ただその真実を信じることを要求しているだけです。

選択肢

第二章に戻りましょう。p.38の最後の行からです。

 もしあなたが私たちのように深刻なアルコホーリクなら、もはや中途半端な解決方法はない。私たちは、自分の人生が自分の手に負えなくなった状況まで、人間の意志(human aid)では決して戻れないところ(region)にまで踏み込んでしまっていた。残された道は二つしかなかった。耐えられない状態に目をつぶって行き着くところまで突き進むのか、それとも霊的な助けを受け入れるかだった。6)

本物のアルコホーリクには、二つの選択肢しかありません。

一つは、アルコホーリク的な結末に向かって突き進む道です。自分の意志で酒をやめ、再飲酒して飲んだくれに戻り、また酒をやめ・・・というアディクションのサイクル第16回を最後の最後まで繰り返していくという道です。終わりの日が来るまで、たいへん辛い状況を耐え続けなければなりません。

もう一つの道は、霊的な助けを受け入れることです。ステップに取り組んで、霊的体験(霊的目覚め)を得ることで、ハイヤー・パワーに助けてもらう道です。こちらには、希望がありますが、たいていのアルコホーリクは神を毛嫌いするので、こちらの道も選びたがりません。

この二つの道の中間を選ぶことはできないのでしょうか? 酒を飲まずにいたい(一番目の道には行きたくない)、けれど神に助けてもらうのも嫌だ(二番目の道も選びたくない)。この二つの道の中間に、自分の力で酒をやめ続けるという道はないものだろうか・・・? アル中の考えそうなことです。

残念なことに、「中途半端(middle-of-the-road)な解決方法はない」と明言されています。middle-of-the-roadミドル・オブ・ザ・ロードというのは、中道路線という意味です。右でも左でもない、真ん中を進みたいと思っても、そこには道はないのです。

他の選択肢はないのでしょうか? もっと早い段階ならば、第三の道があったのかもしれません。しかし、その分岐点はもう過ぎてしまいました。私たちはそこを超えて「決して戻れない」領域(region)へと踏み込んでしまっているのです。

納得できないのなら、試してみれば良いのです。第三章では納得できない人たちのために、「酒をコントロールして飲めないか試してみる」(p.47)、「自分の意志で酒をやめ続けてみる」(pp.50-51)という二つの実験を勧めています。その結果、紳士のように飲めるかもしれませんし、自分の意志でやめられるかもしれません。もし、それができたら、その人にはAAも12ステップも必要ないでしょう。

もし、どちらにも失敗して、少々辛い思いをしたとしても、その結果は「自分の状態をはっきりとつかむ役に立つ」(p.47)わけですから、それだけの値打ちがある、ということになります。そのようにして、私たちは、この二つの選択肢しかない領域まで進んできてしまっていることを自分に納得させるのです。

多くのAAメンバーが、このことを納得するのに、AAに来てから何ヶ月も、何年もかかります。ミーティングに通ってさえいれば酒はやめ続けられると信じてAAを続けてきてきたのに、酒を飲んでしまった、あるいは飲みそうになった体験をして、自分が実は一番目の道を進んでいたことを知るのです。

私たち本物のアルコホーリクは、人間の助け(human aid)が及ばない領域に足を踏み込んでしまっているのです。ミーティングもスポンサーシップも、人間のすることです。それらは他では得られない支え(support)を私たちに与えてくれますが、しかし支えは解決(solution)とは異なるものです。

まとめ

p.37の最後の行から、この段落までの1ページあまりは、ステップ2についての情報でした。それは、解決とは霊的体験を得ることであり、それが私たちの目指す回復となります。

では、その情報はどこからもたらされたのでしょうか? ステップ1の情報がシルクワース医師からビル・Wにもたらされたように、ステップ2の情報にもその発信源が存在します。次回からはそのトピックに移ります。

今回のまとめ
  • 霊的体験(あるいは霊的目覚め)は、本人にも、周囲にもわかるかたちで人格の変化をもたらす。
  • ステップ2は神を信じることを要求していない。
  • 神というものがどこかに存在していて、私たちがそれを見つければ、私たちに代わって強迫観念を解決してくれる、ということを信じることを要求している。
  • 本物のアルコホーリクには、このままアルコールの問題のなかで生きるか、霊的な助けを受け入れるか、二つの選択肢しかない。

  1. Howard Markel, An Alcoholic’s Savior: God, Belladonna or Both?The New York Times (nytimes.com), The New York Times, 2010 []
  2. The Kelly Foundation, Recovery Dynamics Counselor’s Manual 2nd edition, 1989, p.113 []
  3. BB, 85 []
  4. ジョー・マキュー(依存症からの回復研究会訳)『ビッグブックのスポンサーシップ』, 依存症からの回復研究会, 2007, p.57 []
  5. AACA, p.92 []
  6. BB, pp.38-39 []