ビッグブックのスタディ (89) どうやればうまくいくのか 1

今回から第五章に入ります。このスタディ第1回が2019年12月でした。ステップ1と2を片付けるのに2年半以上かかってしまいました。第五章の冒頭3ページ半は、ステップ1・2の振り返りと、ステップ3以降の導入部となっています。

第五章の見出し

第五章の見出しは「どうやればうまくいくのか」と訳されていますが、原文は HOW IT WORKS です。it は12ステップを指しており、work は薬剤などが「効く」という意味ですから、how it works は「このプログラムはどのように効くのか」という意味になります。言い換えれば、12ステップにはどんな効果があるのか、あるいは、12ステップはどのような機序メカニズムで働くのか、です。

もちろんこれについては、第五章全体(および第六章)を通じて説明されていますが、答えを早く知りたい人は、第五章の最後の段落(p.103)を先に読まれると良いでしょう。

気質的に回復が難しい人たち

第五章の先頭では、12ステッププログラムにきちんと取り組んだ人は、そのほとんどが回復したと述べいます。

しかし、残念ながらこのプログラムに取り組めない人たちがいる、ということも認めています。彼らは、この12ステップというシンプルなプログラムに「自分を完全にゆだねられない人」たち、あるいは「ゆだねたくない人」たちだとあります。その人たちはたいてい「自分に正直になることがどうしても不可能な体質の人」である説明しています。

自分に正直になる能力を気質的・体質的に欠いている(constitutionally incapable)人たちとはどんな人たちなのでしょうか?

たいへん多くのアルコホーリクAAにやってきますが、その大部分がそのまま去っていってしまいます。そのことをビル・WはAA外部で行なった講演のなかで率直に認めています。去って行くのは彼らが「もっとやさしい他のやり方」を探すからであり、その後の飲酒によって行き詰まれば、数年後にはAAに戻ってくる、と説明しています。ですから、何度かAAからの離脱と再発を繰り返しながらも、最終的にはAAで助かる人たちを「自分に正直になる能力を欠いた人たち」に含めているわけではありません。1)

一方でビルは、AAは「精神病質 であったり、あまりにも脳にダメージを受けていたりするアルコホーリク」には対処できないとはっきり述べています。2) 3)

精神病質(サイコパス)という言葉は、現在では、社会に適応することが難しいパーソナリティ障害 、とりわけ良心の呵責の欠如や法からの逸脱を特徴とする反社会性パーソナリティ障害 を指します。確かにこのタイプの人は、自分に正直になる――その意味はともかく――ことが難しそうで、AAで回復するチャンスが低そうなのもうなずけます。反社会性パーソナリティ障害の原因はまだ完全に突き止められていませんが、遺伝的要因が大きいとされているので constitutionally(体質的に)という言葉には当てはまります。

『FBI心理分析官』
『FBI心理分析官』

1994年にロバート・K・レスラー (1937-2013)の著書『FBI心理分析官──異常殺人者たちの素顔に迫る衝撃の手記』4)がベストセラーになり、レスラーが日本のテレビに出演したことで、サイコパスとはシリアルキラー (連続殺人犯)のことであり、だからそんなに数多くいるわけではないという印象をお持ちの方も多いと思います。しかしサイコパスは殺人犯になるとは限らず、社会の中に一定の割合で存在しています。そのなかにはアルコホーリクになる人もいるわけで、その人たちがAAや回復施設という現場に登場することも、もちろんあり得ることです。

また、もう一つ「脳にダメージを受けている人」も挙げられています。僕がアルコールが原因で精神病院に入院したのは1990年代のことでしたが、そこにはアルコール中毒症という病名を持ちながらも、素人目に見ても明らかに脳の機能が低下している人たちも入院していました。機能低下のの原因がアルコールの多飲によるものか、別の原因なのかは分かりません。いずれにせよ、AAができるサポートだけで、その人たちが病院の外で酒を飲まない生活が送れるとは、とても思えませんでした。

AAの伝統3は、AAのメンバーシップ要件は「酒をやめたいという願い」だけであり、回復したいというアルコホーリクを拒んではならない長文のものという理想を掲げていますが、こういった人たちがAAで回復することを望んだとしても、AA側で対応することが難しいという現実をビルは率直に認めているわけです。AAは、自分たちが酒をやめた経験と手法を持っているだけの素人集団にすぎず、社会でも処遇が難しい人たちを扱える特別なスキルを持っているわけではありません。

自分に正直になる

では、「自分に正直になる(being honest with oneself)」とは、どんな意味でしょうか?

正直というのはAAにおいてメンバーが身に付けるべきとされている性質です。スポンサーや他のメンバーから、ミーティングでは正直に話すようにと提案された経験のある人も多いでしょう。しかし、ミーティングでの分かち合いにおける正直さは、他者に対する正直さであって「自分に対する正直さ」とは。他者に対する正直さは道徳上の重要な徳目であり、私たちは子供の頃から親や教師からそれについて教え込まれています。だから――どれだけ実践できているかはともかく――私たちは正直とは何かをすでに知っており、正直という単語を耳にすれば他者に対する正直さを思い浮かべるのです。

しかし、12ステップが要求する正直さは「自分に対する正直さ」です。多くの人にとって、この自分に対する正直さは初めて接する概念です。この言葉は、私たちが自分について自分をごまかしていることを暗に示しています。私たちは、回復するためには、自分について自分をごまかすのをやめなくてはなりません

「自分に正直になれれば回復できる」と同じ文脈の文章をビッグブックの中から探してみると、付録Ⅱの「霊的体験」のなかに、「自分の問題に正直に直面することができれば・・・回復できる」という文章が見つかります(p. 267/571)。ビル・Wの文章にはいくつか癖がありますが、その一つは強調したいことを表現を変えて繰り返し述べることです。その癖を踏まえれば、この二つの文章の意味は同じでだと考えられます。つまり、自分に正直になるとは、自分の抱えている様々な問題に直面することを意味するのです。

ではどうやったら、自分に対して正直になれるのでしょうか? 言い換えれば、どうすれば、自分について自分をごまかすのをやめ、自分の抱えるたくさんの問題に直面することができるのでしょうか?

私たちは、12ステップに取り組むことで、次第に自分に正直になっていくのです。12ステップのなかでステップ3以降は「行動のプログラム」と呼ばれています第40回。しかし、単に各ステップを実行すれば良いというわけではなく、一つひとつのステップにおいて、私たちは自分に対するごまかしをやめ、自分の抱える問題に直面することを求められます。

つまりこれは、行動のプログラムであるからといって、単に行動すれば良いというものではない、という警告を私たちに与えているわけです。

一つひとつのステップは結果を伴う

12ステップを構成する一つひとつのステップには、そのステップに取り組んだことによってもたらされる結果があります。

たとえばステップ2に取り組んだ人は、その結果として、自分を助けてくれる何らかのパワー(神)が存在していることをすでに信じているはずです。なぜならその人は、ステップ2の「神が存在するかしないか。私たちはどちらを選ぶのか」(p.78)という問いかけに対して、存在する方をすでに選択したのですから。5)

もちろん、存在することを信じていたとしても、ステップ2の段階ではまだそれを見つけ出していないのですから、確信(faith)と言えるほど強く存在を信じているわけではないでしょう。それでも存在して欲しいという願いを持っているはずです。

そうした願望を持てずにいるのなら、その人はまだステップ2の結果を手にしていないのです(つまりステップ2に十分取り組めていない)。あるいは、自分を超えた偉大な力(神)に助けてもらう必要はないと考えているのならば、まだステップ1の結果すら手にできていないのです無力を認めていない)

ステップ3以降の各ステップにも、それぞれのステップに取り組むことでもたらされる結果があります。自分がステップに取り組むときには、各ステップの結果を手にできているか確かめながら進めていくべきです。また、スポンサーとしてステップを伝えているときには、スポンシーが各ステップで結果を手にしているか確かめつつ進めることが必要です。12ステップにおいては「やることさえやっていれば、結果は後からついてくる」と考えてはのです。

逆に結果が出せているのならば、何をどれだけやったか(行動)は「どうでもいい」と考えるのも、12ステップの特徴の一つです(p.73、第81回。「やり方よりもよりも結果を求める」(p.209)という言葉は、12ステップに関わる人が持つべき姿勢を表わしています。12ステップの根底には、有用な結果がもたらされるかどうかで真理かどうかを判断するプラグマティズム という思想が横たわっています第80回第83回。行動にこだわってしまって、結果が損なわれるようでは本末転倒なのです。

もちろん、12ステップは完璧に実行できるものではないとされている(pp. 86-87)わけですから、一つひとつのステップの結果も完璧ということはあり得ません。完璧を目指さずに、ある程度の結果を手にしたら次のステップに進むことも必要です。

とは言うものの、まったく結果について気にかけずにステップに取り組むのは悪手です。なぜなら、冒頭に述べたように、12ステップは一つひとつのステップが効果を持っており、服用した薬が効果をもたらすように、取り組んだステップ一つひとつが結果をもたらすからです。効果を確認しつつ次へ進めていくことが大事です。

効果が出ないとき

僕がこれまで提供したスポンサーシップのうち、およそ三分の一のケースは、12ステップの途中で中止になってしまいました。その理由は様々です。スポンシーさんのほうから「もう結構です」と断られてしまったこともあります。また、単に連絡が途絶えてしまったケースも先方は「もう結構」という気持ちだったのだろうと判断しています。あるいは、スポンシーさんがスリップして病院や施設に入ってしまったために中断せざるを得なくなった場合もあります。これらはどれもスポンサーである僕の意志とは関係なく起きた中止です。

そうではなく、僕の判断で中止させてもらったこともあります。その場合は常にステップに取り組んだ結果が出てこないことが判断の理由でした。ステップの効果が出ていない以上、漫然と続けるのは良くないと考えるからです。

効果が出ない理由はいろいろと考えられます。経験上、スポンサーシップには相性があることが知られていますので、僕とスポンシーさんの相性が悪いのかもしれません。あるいは単に僕の技量が足りないだけなのかもしれません。いずれにしても、そのまま僕と続けるよりは、他のスポンサーを探してもらった方がその人のためになります。

あるいは「タイミングが今ではない」のかもしれません――回復においてタイミングは重要であり、タイミングを外しているとどんなに努力しても成果が得られないことがあります。スポンシーさんが何らかの理由で準備が整っていないのに、ステップを手渡そうとするのはスポンサーのエゴイズムでしかありません。

このように、効果が出ないのに先へ先へとステップを進めていくのは良くないことなのです。

もちろん、Back to Basicsバック・トゥ・ベーシックス 6)BIG FOOTビッグ・フット 7) などのビギナーズミーティング系のステップワークは、12ステップ全体を簡便に体験し、ステップに取り組むことへの心理的ハードルを下げることを目的にしていますから、一つひとつのステップの結果を必ずしも求めていません。

そのような例外的ケースを除き、一般的なスポンサーシップのなかでのステップワークや、スポンサーが得られず自分一人でステップに取り組まねばならない場合(cf. 第7回においては、各ステップに取り組んでもたらされた結果を確認しながら進めていくことが大切です。

ステップ一つひとつの結果(効果)を得ていくことで、私たちは次第に「自分に正直に」なっていきます。つまり、自分の抱える様々な問題に直面できるようになっていき、実際に直面していくのです。

取り組むことで次第に自分に正直になっていく

AAのなかには、スポンシーが12ステップに取り組む自分に正直になっていることを要求するスポンサーもいると聞きます。だが、それは無理でしょう。ステップに取り組む前にできることは、せいぜいミーティングで自分のことを正直に話すことぐらいです。しかしながらそれは、他者に対する正直さであって、自分に対する正直さではありません。私たちは、12ステップに取り組むことで次第に自分に正直になっていくのです。

今回のまとめ
  • 回復するためには、「自分に正直になる」ことが必要である。
  • それは他者に対して正直になることとは違う。
  • 自分に対して正直になるとは、自分の抱えている様々な問題に直面すること。
  • 私たちは12ステップに取り組むことで次第に自分に対して正直になっていく。
  • 12ステップの一つひとつでその効果を確かめながら進めていくことが必要。

  1. AA, P-6 Three Talks to Medical Societies by Bill W., Co-Founder of Alcoholics Anonymous, AAWS, pp. 18, 41 — 拙訳を『アルコホーリクス・アノニマス、その始まりと成長』『アルコホーリクス・アノニマスの共同体』に収録[]
  2. Ibid.[]
  3. シルクワース医師も精神病質者のアルコホーリクの予後が最も不良だと述べている — Silkworth, W. D., Alcoholism as a Manifestation of Allergy, MEDICAL RECORD MARCH 17, 1937(拙訳を「アレルギーの徴候としてのアルコホリズム」に収録)[]
  4. ロバート・K・レスラー他(相原真理子訳)『FBI心理分析官──異常殺人者たちの素顔に迫る衝撃の手記』, 早川書房, 1994[]
  5. p.69の「私はいま自分より偉大な力があることを信じているか。あるいは信じてみようという気はあるか」という質問も同じ問いである。[]
  6. アリゾナ州在住のAAメンバーであるワリー・P(Wally P.)が作成したビギナー向けの12ステップミーティングのやり方。cf. http://aabacktobasics.jp/[]
  7. Back to Basicsの影響を受けて日本で成立したビギナー向けの12ステップミーティングのやり方。[]

2024-04-05

Posted by ragi