ビッグブックのスタディ (44) ビルの物語 15

今回は「ビルの物語」の二番目の「解決」のパートBB, pp.12-19)の振り返りです。


ページ範囲
問題(ステップ1) p.1 ~ p.12 12行
解決(ステップ2) p.12 13行 ~ p.19 8行
行動(ステップ3~12) p.19 9行 ~ p.25

AAの始まり

1934年9月後半、ビル・ウィルソンはタウンズ病院に最後の入院をしました。そのとき、シルクワース医師は、ビルの妻ロイスに対して「もはやビルは助からない」という絶望の宣告をしました。ビルにとってはそれは聞かされるまでもないことでした。BB, p.10)

同じ頃、ビルの故郷バーモント州では、ビルの旧友エビー・サッチャーが泥酔して発砲事件を起こし、収監されそうになったところをオックスフォード・グループの会員によって助けられました。エビーは、ローランド・ハザードからオックスフォード・グループの原理を教えられ、それによってアルコホリズムから回復しました(ローランドの回復の話は第二章に出てきます)。エビーはローランドに連れられてニューヨークにやってきて、カルバリー伝道所に住むことになりました。そして、ウォール街の知人から、ビルがアルコホリズムによって苦境に陥っていると聞かされ、自分の回復の経験を伝えるためにビルの家を訪問しました。「ビルの物語」の二番目のパート(pp.12-19)には、ビルの家のキッチンでの二人の会話が描かれています。

ビルは11月11日に再飲酒し、飲んだくれに戻っていました。エビーが訪問した日付は正確には分かっていませんが、ビルの記述によれば「11月の終わり」のことでした。(p.12)

エビーのメッセージの内容

ビルはエビーが酒をやめて別人のようになったことに驚き、何があったのかと尋ねました。するとエビーは、「宗教に入ったんだ(I’ve got religion.)」と微笑みながらシンプルに答えました。ビルはぎょっとしましたが、エビーが酒をやめていることに興味を持ち、話を聞くことにしました(pp.13-14)

現在地・目的地・道程エビーの話は、この図でいうところのステップ2の解決と、その解決を得るためのステップ3~12の行動の二つの要素が含まれていましたが、この二番目のパート(pp.12-19)ではもっぱら解決を扱っています。

この図を見ながら、エビーは目的地に達していて、ビルはまだ現在地に留まっている状態だと表現することもできます。

さて、この解決とは何かを、シンプルに分かりやすく説明してくれるのが、p.17のエビーのこの言葉です:

自分ができなかったことを、神がしてくれた1)


God had done for him what he could not do for himself.2)

同じ意味の表現はビッグブックに繰り返し登場しますし、ビッグブック以外の12ステップの本でも同様です。このことから、12ステップは、自分でできるようになるプログラムではなく、ハイヤー・パワーにやってもらうプログラムであることが分かります。

同様のことはシルクワース医師も「医師の意見」で述べています第17回。彼は、アルコホーリクが回復するためにはその人に霊的な変化(psychic change)が起こる必要があると述べた上で、その霊的な変化をもたらすのには人間の知恵を超えた何か(=ハイヤー・パワー)が必要であるようだ、と述べて、この変化に神の力が必要であることを示唆しています。

ビル・Wは、12ステップには「こう解釈しなければならない」という部分はごくわずかしかなく、大部分は各人の経験や見解によって自由に解釈して良いと述べています。3)

逆に言えば、12ステップには「こう解釈しなければならない」という部分がわずかに存在するということです。ビルはそれがどこかは明示していませんが、12ステップが自分でできるようになるのではなく、ハイヤー・パワーにやってもらうプログラムであるという点は、そのまれな部分に含まれるでしょう。なぜなら、自分でできるようになるのであれば、このプログラムにハイヤー・パワーは必要なくなりますし、であれば霊的スピリチュアルなプログラムである必要もなくなるからです。

自分でできないことソブラエティを、神に実現してもらう、というのが、私たちが12ステップで目指すべき目的地であり、私たちが得ることができる解決です。

神が何者であるかよりも、神が私たちに何をしてくれるか、が重要

では、この神は何者であるかです。

エビーが属していたオックスフォード・グループは、キリスト教系の団体でした。ただし純粋な宗教とは性格を異にしていて、独自の四つの絶対性や五つのC4)と呼ばれる実践に重きが置かれており、神学的な議論はほとんど行われていなかったそうです。とは言うものの、会員たちはキリスト教の聖書5)を使っており、エビーがメッセージを運んできたとき、彼の言う「神」がキリスト教の神であることは明らかでした。

ビルやドクター・ボブは、オックスフォード・グループに加わり、その会員として活動することでソブラエティを得ましたが、数年後にはオックスフォード・グループとは決別してAAという団体を作りました。この分離の過程で、AAは非宗教化を果たし、キリスト教の聖書やキリスト教の神概念を捨て去りました。12ステップの神という言葉の前には「自分なりに理解した」という重要な修飾子が付けられ、神概念は神父や牧師や先輩会員から教えてもらうものではなく、メンバー一人ひとりが自ら選び取っていくものに変わりました。(もちろん宗教的な神を選ぶ自由もある)。

また、自分の信じている対象を「神」と呼ばずに、別の呼称を使っても構いません。しかし、全員に共通する呼称もないと困りますから、便宜的にそれを「神」と呼んでいます。

神概念については、第四章で掘り下げることになりますが、ステップ2においては「ハイヤー・パワーが何者であるか」はまったく重要視されておらず、「ハイヤー・パワーが私たちに何をしてくれるか」に重きが置かれています。

ステップ2はこう言っています:

自分を超えた大きな力が、私たちを健康な心に戻してくれると信じるようになった。6)


Came to believe that a Power greater than ourselves could restore us to sanity.7)

 

ステップ2は、自分を超えた大きな力(=ハイヤー・パワー)を信じるようになった、とは言って。信仰を持ったとか、宗教に入ったとも言って。ただ単に、ハイヤー・パワーが、私たちを健康な心に戻してくれることを信じるようになったと言っています。健康な心に戻してくれるとは、すなわち私たちの狂気強迫観念を解決してくれるということです。強迫観念が解決されれば、アルコホーリクは酒を飲まなくなり、ソブラエティが実現されます。

ここでは、ハイヤー・パワーが何者かという情報はありません。分かっているのは、それが私たちのアルコホリズムという問題を解決してくれるということだけです。

信じることは易しいことではない

ハイヤー・パワーが何者であるか分からないことに不安を感じる人は少なくありません。僕もそうでしたから。

ですが、「何者であるか」がそんなに大事なことでしょうか?

私たちは虫歯を自分では治せません――虫歯に対して無力です。僕の大学時代の友人に、自分の虫歯を電工ドライバーと瞬間接着剤で治そうとした男がいました。だが、数週間後に彼は諦めて歯医者にかかっていました。彼は虫歯に対する無力を認めるのにそれだけ遠回りをしたのです。

歯医者さんは、私たちができないこと(虫歯の治療)を私たちにしてくれます。虫歯の治療を受けるときに、歯医者さんが何者であるかを気にする人はいないでしょう。例えば、その歯医者さんが結婚しているのかどうかとか、子供は何人いるのかとか、出身地だとか、支持政党はどこかとか・・・、そんなことは気にしないはずです。

むしろ、その歯医者さんがが虫歯をちゃんと治してくれるか(腕の良し悪し)とか、治療費はいくらか(料金の適正性)が気になることでしょう。そのために私たちはその歯医者さんの評判をいろんな人に聞いてみて、それをもとに判断するしかありません。

ハイヤー・パワーとはこの歯医者のような存在です。ハイヤー・パワーも、私たちにできないこと(強迫観念の解決)を私たちにしてくれます。歯医者さんが何者であるかが重要ではなかったように、ハイヤー・パワーが何者であるかも重要ではありません。

ただそれでも、ハイヤー・パワーが私たちの狂気(強迫観念)をちゃんと解決してくれるかどうかは気になるはずです。ビッグブックのハードカバー版の後半に「個人の物語」と呼ばれるセクションがあり、12編の体験記が収められています。その体験記の一つひとつが、ハイヤー・パワーが私たちを助けてくれたという証言になっています。(英語版ビッグブックの42人の体験記は『アルコホーリクス・アノニマス 回復の物語』として刊行が続いています)。そういった証言を参考にすることができます。

その点では日本に住んでいる私たちは若干の不利があるのかも知れません。12ステップに取り組んでいるAAメンバーの比率はそれほど多くはありませんから、ミーティングで「ハイヤー・パワーが私を助けてくれた」という類の分かち合いを聞くことはあまりありませんし、ビッグブックも個人の物語の大半が省略された版(ドクター・ボブの話しか載っていない)を使っている人がほとんどなので、そうした体験記に触れる機会も少なくなっています。

しかし、どうであったとしても、そもそも「信じること」は易しいことではありません。ジョー・マキューはこう述べています:

信じること(believing)がたやすくないのは、私たちは何かを始めるとき確実な出発を望むからである。始める前から、確かな保証を求め、大丈夫だという確信を期待してしまうのだ。だが、最初はただ信じることから始まる。最初に来るのは確信(faith)ではなく、推測とか疑いであって、期待できるものはそれだけである。ただ信じる、それが出発点である。8)

歯医者
from いらすとや

歯医者の例えを続けるならば、評判を聞いて、たぶんこの歯医者なら大丈夫だろうという「推測」をするのがせいぜいで、それでも「本当に大丈夫だろうか?」という疑いは残ります。痛い治療をされるのではないか、歯を抜く羽目になるのではないか、といった不安を完全に払拭するのは無理なことです。不安を抱えながらも、診察台に座るしかありません。

ハイヤー・パワーについても同じで、ステップ2の段階で確実な保証を手にすることはできません。できることは、何とかしてもらえるのかもしれない、という推測にもとづいた期待程度です。疑いの気持ちや不安を完全に消し去ることは(この段階では)できません。ただ、信じてみることしかできないのです。

歯医者に行きたがらない人は少なくありません。そして、虫歯が進行して、痛みに耐えられなくなってようやく歯医者に行きます。ハイヤー・パワーを信じることも同じで、病気が進行して、その苦しみに耐えられなくなってからようやく助けを求める人は少なくありません。一方で、虫歯を発見したらすぐに歯医者に行く人もいますし、いろいろなものを失う前にステップ2へ進めるアルコホーリクもいます。

ハイヤー・パワーが私たちの狂気(強迫観念)を解決してくる、ということを信じるか、信じないか。選ぶのがステップ2だと言えます。

次回からは「ビルの物語」の三番目のパート(p.19-25)に取り掛かります。ステップ3~12、すなわち「行動のプログラム」と呼ばれている部分です。

今回のまとめ
  • ステップ2は、強迫観念をハイヤー・パワーが解決してくれることを信じるステップである。
  • 信じることは、何事においても、易しくない。
  • 結果として、虫歯は我慢できなくなるまで放置される。

  1. BB, p.17 []
  2. AA, Alcoholics Anonymous: The Story of How Many Thousands of Men and Women Have Recovered from Alcoholism, AAWS, 2001, p.11 []
  3. ABSI, p.191 []
  4. confidence(信頼)、confession(告白)、conviction(確信)、conversion(回心)、continuance(継続)。これらは言葉を変えてAAの12のステップに受け継がれている。 []
  5. もっぱらプロテスタントの聖書が用いられた – DBGO, p.237 []
  6. BB, p.85 []
  7. AA, p.59 []
  8. ジョー・マキュー(依存症からの回復研究会訳)『回復の「ステップ」』, 依存症からの回復研究会, 2008, p.28 []

Posted by ragi