ビッグブックのスタディ (83) 私たち不可知論者は 10

事務連絡が二つあります。

オンラインで開催しているビッグブック・スタディ・ガイド・ミーティング5月22日はお休みになります。また6月からは土曜日20:30~21:45に変更になり、毎月第一土曜日はお休みになります。従って、今後の開催予定日:5/29(日)・6/11(土)・6/18(土)……となります。

今年3月頃からMicrosoft Edge で『心の家路』のページが印刷できなくなっています(参考リンク:「Microsoft Edge」で特定のWebサイトが印刷できない問題が発生中? (窓の社))。サイト側では対処できませんので、マイクロソフトが対応してくれるのを待っています。他のブラウザGoogle Chrome Firefox など)では問題なく印刷できています。

前回のおさらい

前回の話の振り返りから始めます。

現代に生きる私たちは、科学技術が進歩するのは当たり前のことだと思っています。しかし、中近世まではそうした進歩は極めてゆっくりしたものでしかありませんでした。それは人間の精神が様々な固定観念に縛られていたからでした。

そして、中近世の人たちが物質領域に対して固定観念(偏見や不合理な考え)を持っていたのと同じように、今の私たち(不可知論者)も霊的領域に対して同じような固定観念(偏見や不合理な考え)を持っているのではないか、と問いかけていました。

また、神が人間の諸問題アルコホリズムなど)を解決すると聞いても信用しないのは、ライト兄弟の飛行成功を聞いてもそれを否定した科学者たちと同じ態度ではないか、という指摘もありました。

今の時代の特徴

次のp.76では、私たちが生きる現代の特徴とは「人々の考え方が完全に解放されていること(complete liberation in thinking)」と述べています。

アポロ11号の月面着陸
アポロ11号の月面着陸, from Wikimedia Commons, PD

その一つとして、ロケットで月を探検する計画を紹介した新聞の日曜版を人々に見せたらどんな反応をするか、という例を挙げています。ビッグブックが出版された1939年には宇宙空間に到達できるロケットはまだ作られていませんでした。それでも人々は「きっとできる。しかも近い将来に」と答えるだろうと書かれています。もはや人々の考えは固定観念に縛られていないのだ、とビル・Wは言いたいのでしょう。実際に30年後(1969年)には、アポロ11号 が二人の人間を月面に着陸させました。

このような現代の特徴を「古い考えを捨てて新しいものを取り入れることに抵抗がなく、要らなくなった理論や道具の代わりに、使いやすい有効に働くものを無理なく取り入れることができること」と言い換えています。

「要らなくなった」と訳されていますが、does not work は、役に立たないとか、効果をもたらさないという意味です。第80回プラグマティズムについて説明しましたが、それは思想や理論を正しいか正しくないかではなく、有用であるかないかで判断する哲学です。プラグマティズムを実践するためには、役に立たなくなった考えを手放して、別の役に立つ考えを取り入れていく姿勢が欠かせません。つまり、プラグマティック(理論にとらわれず実利を重んじる)であることが現代の特徴だというわけです。

人間としての問題

この「役に立たなくなった考えを捨てて、役に立つ考えを取り入れる」という現代の特徴を、私たちの人間としての問題(our human problems, 人生の問題と訳されている)に当てはめてみたらどうでしょうか。p.76では「人間としての問題」の例を八つ挙げています。

  • 人間関係のトラブルを抱えていた
  • 感情をコントロールできなくなっていた
  • 惨めさと抑鬱の餌食になっていた
  • 生計を立てられなくなっていた
  • 自分を役に立たない人間だと感じていた
  • 恐れでいっぱいだった
  • 不幸だった
  • 自分が本当に他の人の役に立っているとは思えなかった

私たちの抱えるこうした苦しみを根本的に解決することのほうが(宇宙飛行のニュースよりも)、ずっと大事なことではないでしょうか?

 私たちは宇宙の持つ霊的な力に素直に頼ることで、その人たちの問題が解決していくのを目にした。だから神の力を疑うわけにはいかなくなった。1)


When we saw others solve their problems by a simple reliance upon the Spirit of the Universe, we had to stop doubting the power of God.2)

宇宙の持つ霊的な力(the Spirit of the Universe)とは神のことです。神に対して単純な信頼を寄せることで、多くの人たちが生きる上での苦しみを解決しているのを彼らは目撃しました――この「人たち」は12ステップに取り組むAAメンバーだけでなく、宗教の信仰を持っている人たちも含んでいます。

ステップ1では問題(problem)という言葉は、アルコールのことだけを指していましたが、ステップ2のここではより広く、普遍的な「人間としての問題」を指すように変わっています。このステップ1と2のあいだの変化を見逃してはいけません。

ステップ2から先では、アルコールではなくこの「人間としての問題」を扱っています。人間が生きる上で抱える悩みや苦しみ――人によってはこれを「生きづらさ」と表現するでしょう――は、アルコールを飲まなくなっても、依然として残ります。いやむしろ、アルコールによってこうした悩みや苦しみから一時的にでも逃避することができなくなったぶんだけ、苦しさは増したように感じられます。

アディクションのサイクルもちろん、私たちがアルコールを飲んだことでトラブルが起こり、悩みや苦しみが増大していた思い通りに生きていけなくなっていたわけですから、酒をやめれば悩みや苦しみが減ることは明らかです。そのことを断酒の喜びとして語る人は少なくありません。ではなぜ、その喜びを語っていた人が再飲酒するのでしょうか。それは、人が生きる上での悩みや苦しみは酒をやめても決してなくなりはしないからです。アルコホーリクは、酒をやめていても、苦しみや悩みが続く中で、ふっと楽になる感覚を再び体験せずにはいられなくなり(p.xxxvi)飲酒生活へと戻っていくのです強迫観念 第16回

だから私たちが酒をやめ続けようと思うなら、アルコールのような対症療法的手段に頼るのではなく、この「人間としての問題」について根本的な解決をはからねばなりません。これが、ステップ1と2のあいだで問題(problem)という言葉が指す対象が変わる理由でしょう。

もう一度、AAの始まりを振り返ってみましょう。カール・ユング医師の治療を受けたローランド・Hは、オックスフォード・グループに加わり、そのプログラムによって回復しました。彼がそのプログラムをエビー・Tに伝え、さらにエビーがそれをビル・Wに伝えたことで、ビルもオックスフォード・グループに加わりました第39回第40回。AAがステップ3~12の「行動のプログラム」と呼ばれる部分をオックスフォード・グループから受け継いだことや、最初の数年間はオックスフォード・グループの一部として活動していたことは、大きな意味を持っています。そのプログラムのことを、ここでは「宇宙の持つ霊的な力(神)に素直に頼る」と表現しています。彼らは、それによって多くの人が「人間としての問題」や苦悩(bedevil­­ments)から解放されていくのを目にしました。それによって、不可知論者であるアルコホーリクたちも、神の力を疑うわけにはいかなくなったのです。

AAがオックスフォード・グループから独立した後は、AAメンバーが新しい人たちに対して、12ステップに取り組み、神の力に率直に頼ることで、生きる上での悩みや苦しみから解放された体験を語り、伝えていく役割を負うことになりました。それゆえに、ビッグブックの後半に掲載されている「個人の物語パーソナル・ストーリー」は、単にアルコールの問題が解決されただけではなく、自分を超えた偉大な力が生きる上での苦悩を解決してくれたことを語るものになっているのです。

だからとて、12ステップの目的を勘違いしてはいけません。12ステップの目的はあくまで酒をやめること(再飲酒をふせぐこと)であり、私たちが新しい生き方を身に付けるのはそれを実現する手段に過ぎません。であるのに、ここでも「手段の目的化」という過ちがしばしば起きてしまうのです。つまり悩みや苦しみ(生きづらさ)を解決することが私たちの目的だという勘違いが起きやすいのです。ビル・Wはそのことをよく承知していたのでしょう。だから、各ステップの説明の中に、「このステップは酒をやめるためにやるのだ」という念押しが加えられているのです(pp. 90, 96, 104-105, 110, 116, 122-123, 128)

自分の意志 vs. 神の意志

私たちの考えは役に立たなかったが、神の考えは見事に働いたのだ。3)


Our ideas did not work. But the God idea did.2)

12ステップは、私たちの自分の意志(our will)とは別に神の意志(His will)が存在していることを前提にしています(cf. ステップ3とステップ11)。ここでビル・Wは、意志(will)を考え(idea)と言い換えています。

私たちの考えは有効に働かなかった(did not work)のに対し、神の考えは有効に働いたと述べています。

このように自分の意志と神の意志を対置させることで、この二つが別個のものであることを明らかにしています(自分の意志は神の意志の一部ではないし、神の意志は自分の意志の一部ではない)。これについては今後掘り下げていきます。

信じることが始まり

空を飛ぶ機械は絶対に作れるんだ、という子どものような信仰こそが、ライト兄弟の成功の源泉だった。その信仰がなくては何も起こらなかった4)

信じることとわかることの違い子どものような信仰(almost childish faith)は、確信(faith)ではなく信じること(believing)です。

前回紹介したように、ライト兄弟は、1896年にドイツのグライダー飛行家オットー・リリエンタールの墜落死を知り、自分たちで飛行機を作ることを決意しました。その時点で彼らには自分たちがそれを成し遂げられる確信はなかったはずです。まだ誰も有人動力飛行を成し遂げていませんでしたし、彼らには十分な資金も理論もなかったのですから。それでも彼らは自分たちにはできると信じ、実際7年後に初飛行を成功させました。――もちろん彼らは闇雲に努力したわけではありません。リリエンタールのグライダーの設計図を入手し、自分たちの自転車工場に風洞実験装置を作って、飛行についての理論を確立するという着実な努力を積み重ねての成功でした。

確信は持てなくても、自分たちにはできると信じること――それが始まりでした。コロンブスも、西に航海すればインドに着けると信じたからこそ、スペインの女王を説得しました。

信じることは、なにはともあれ何事かを始めるスタート地点である。たとえ、やり遂げられるという確信がなくても、できると信じることが出発点なのだ。5)

ジョー・マキューの後継者であるラリー・Gのセミナーに出ていたときに、彼からこう聞かれました。

「日本にもビリオネア はいるだろう。そのなかで一番金持ちなのは誰だね?」
「たぶん、孫正義 ですね」
「孫は最初から金持ちだったのかね?」
「子どもの頃は貧乏だったと聞いたことがあります」
「貧乏だった彼が、なぜ金持ちになれたと思うかね?」
「さあ、努力したから・・・運が良かったから・・・才能に恵まれていたからかも」
「自分が金持ちになれると信じたからだよ。それがなければ何も起こらず、彼は今も貧しいままだったはずだ」

もちろん信じたことがすべて実現するとは限りません。すべての自転車屋が動力飛行機を作れるわけではありませんし、自分は東京大学に入れると信じた高校生が全員東大に合格するわけでもありません。でも、ビリギャルが慶応大学に入れたのは、自分が慶応に合格できると信じたからでした学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話 。信じた時点では彼女には合格できる確信はありませんでした。

東京スカイツリー
by Sumida-ku, from Wikimedia Commons, CC BY 2.1 JP

東京に住んでいる人なら、誰でもスカイツリー を見ることができます。スカイツリーが建っているのは、誰かが心の中で「高さ600メートルの電波塔は建てられる」と信じたことが始まりで、それがなかったならばスカイツリーはいまも存在していないはずです。

だから、確信は持てなくても、自分はハイヤー・パワー(神)を見つけられる、神との関係を作ることができると信じることがスタート地点になるのです。ましてや神が自分の苦悩を解決してくれるなんて、なおさら確信は持てないでしょう。それでも、そのように信じてみる。それが始まりなのです。

self-sufficiency vs. God-sufficiency

私たち不可知論者、無神論者は、人に頼らないでも、能力さえあれば自分の問題は自分で解決できるという考えにとらわれていた。だが神に頼ってやってみたらうまくいったという話を人から聞かされて・・・4)


We agnostics and atheists were sticking to the idea that self-sufficiency would solve our problems. When others showed us that “God-sufficiency” worked with them, …6)

不可知論者、無神論者は self-sufficiencyセルフ・サフィシェンシー が、自分の問題を解決すると信じています。self-sufficiency を英和辞典でひくと「自給自足」とあります。つまり自分の必要を自分で満たすことです(自給自足経済とは、食料や工業用原料をすべて国内で生産し、外国に依存しない経済です)。これを私たちの「人間としての問題」にはてはめるならば、生きる上での悩みや苦しみは、私たちが自分の力で解決するべきだ、と考えるのが self-sufficiency です。それを「能力さえあれば・・・自分で解決できる」と意訳しています。

この考えに従えば、何らかの悩みを抱えて解決できないのは、自分に何らかの力(例えば能力)が足りないからだということになります。能力が足りないのなら、能力を身に付ければよろしい。そうやって、強く、賢く、自立した人間になれば、人間は悩みから解放されるであろう・・・それが不可知論者・無神論者の理想であるわけです。だが、その理想は実現不能です。

なぜなら私たち人間の能力は有限だからです。私たちは限界ある存在、不完全な「神ならざる者たち」なのです。全知全能になれない以上、人間の力では「人間としての問題」を解決することはできないのです。

もちろん、教育を受けたり、能力を身に付けることの価値を否定するわけではありません。時にはほんの小さな知識や、わずかな能力を身に付けるだけで問題が解決することもあります。その場合には、その能力を使えば良いのです。また、人とコミュニケーションを取ったり、悩みを分かち合うことで解決できることもあります。人間の集団は、単独の人間より大きな力を持っているものです。しかし有限の人間を集めても、無限の存在にはなれません。人間は、あくまで限界ある存在なのです。

12ステップは、私たち人間は(個人としても、集団としても)神ではないことを教えてくれるプログラムです。私たちは、この先のステップに進むにつれ、そのことをより深く理解していきます。

ではどうすれば良いのでしょうか? 霊的に生きている人たちは「神を頼ったら問題が解決した」と証言してくれます(God-sufficiency という言葉は辞書に載ってはいませんが、そのような意味でありましょう)

そのような証言を聞き、その人たちの姿を見ていながらも、そんなことはあり得ないと主張するのは、ライト兄弟の初飛行の知らせを聞いても、そんなことはあり得ないと主張していた人たちと同じではないか、と読者に問いかけているのです。

ビル・Wは彼の「ビルの物語」のなかで、彼が self-sufficiency の限界を受け入れ、God-sufficiencyに目を向けたときのことをこう表現しています:

これまでぼくが長いことその陰に隠れて、震えながら生きてきた知性の氷山が、この時解けた。ようやくぼくは太陽の光の中に立ったのである。7)

これは彼が自分の能力に対する過信に気がつき、人間としての能力の限界を受け入れた瞬間でもあるわけです第42回

まとめ

p.74の最終行から始まった話は、ここで一区切りを迎えます。中近世の民衆の思考は迷信や固定観念に縛られていたために、その時代の進歩が阻害されていました。それに比べて現代は、人々の思考が解放され、新しい考え方を受け入れやすくなっているのが特徴です。それでも迷信や固定観念は私たちを縛り続けており、神の力が働いたという人々の証言を信用しないのは、ライト兄弟が初飛行を成功させたニュースを信じなかった人たちと同じように頑迷なのではないか、と問いかけています。

ここから先はこれらの話を踏まえて。論理と理性の力と信仰についての説明があります。どうぞお楽しみに。

今回のまとめ
  • 現代の特徴とは、役に立たなくなった理論や道具を捨て、新しい考えなどを取り入れることに抵抗がないことである。
  • この特徴を私たちが生きていく上での悩みや苦しみに当てはめてみたらどうか。
  • 霊的に生きている人たちは、悩みや苦しみを神が解決してくれたと証言している。
  • あくまで自分(たち)の力で悩みや苦しみを解決しようとするのではなく、神の力を頼ってみたらどうか。
  • 私たちは自分の能力に対する過信に気づき、人間としての能力の限界を受け入れるべきではないか。

  1. BB, p.76 []
  2. AA, Alcoholics Anonymous: The Story of How Many Thousands of Men and Women Have Recovered from Alcoholism, AAWS, 2001, p.52 [] []
  3. BB, pp.76-77 []
  4. BB, p.77 [] []
  5. ジョー・マキュー(依存症からの回復研究会訳)『回復の「ステップ」』, 依存症からの回復研究会, 2008, p.28 []
  6. AA, pp.52-53 []
  7. BB, p.18 []