ビッグブックのスタディ (88) 私たち不可知論者は 15

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「このブログの読者は何人いるのか?」という質問をいただきました。プライバシー・ポリシーに書いてありますが、このサイトはGoogle Analyticsを利用して、アクセス数を把握しています。ブログのエントリを公開すると、当日から翌日にかけて100~200のアクセスがあります。その後、1~2週間かけて300~600に達します。それ以後はぐっと減って各エントリに毎日1アクセスあるかどうか。ですから、正確な読者数は把握できませんが、ざっくり300人とか500人ではないかと思っています。日本のAAメンバー数は約5,7001) だそうですから、その1割にも満たないわけで、僕が大した影響力を持っていないことが分かります。ブログを始めた頃はアクセス数を気にしていたのですが、最近は面倒になって数は気にしなくなりました。

他には、Twitterのフォロワー数が約1,000。スタディガイド・ミーティングの参加者が約40人。Big Book Comes Aliveをオンラインでやると参加者数が最大時120人ぐらいです。

フィッツの霊的体験

ビッグブックのp.81からp.83には、「自分が無神論者だと思っていた男」の体験が載っています。彼は「医師の意見」の中で紹介された「こわれた納屋で死ぬのを待っていた男」と同一人物です第28回。彼の名はフィッツ・M(John Henry Fitzhugh Mayo, 1897-1943)で、彼の体験記「南部の友」(Our Southern Friend)は、ビッグブックの初版から現在の第4版まで掲載され続けている数少ない体験記の一つです。2) フィッツが経験したのも、ビル・Wと同じ急激なタイプの霊的体験でした。

アルコールの問題(problem)は彼から取り除かれた。いまから数年前のまさにその夜、問題は消え失せたのだ。・・・まるで飲もうと思っても飲めなくなったかのようだった。神は彼に健康的な心(sanity)を取り戻してくれたのだ。3)

このスタディを読んでらっしゃる方にはもう「耳タコ」でしょうけれど、神が問題を解決してくれたとはっきりと述べています。

 これが癒しの奇跡でなくて何だろう。その中身はごく単純である。ある状況が彼のなかに信じる気持ちを生んだ(Circumstances made him willing to believe=様々な状況が彼に信じる意欲をもたらした)。彼は謙虚に自分自身を創造主にささげた。そして彼は経験した(knew)のだった。3)

12ステップを短く要約した言葉はいろいろありますが、これもシンプルで分かりやすい要約です。

    • ハイヤー・パワー(神)を信じる意欲を持つ [ステップ2]
    • 自分自身を神に捧げる [ステップ3~11]
    • 神の存在を経験する [ステップ12]

自分を神に捧げるとか、神の存在を経験するとか、どうみても自分には無理なことに思えるのは当然のことです。大半の人にとって、そんなことをするのは生れて初めてであり、やり遂げられる自信がないのです。

12ステップは順番にやっていけば、最後まで到達できるように作られています。だから、ステップ2に取り組むときは、先の心配をせずに、ステップ2でやるべきことだけやれば良いのです。

目的地

現在地・目的地・道程第四章が難しく感じられるのは、二種類の情報が混在しているからです。一つは私たちが到達すべき目的地(ステップ12に出てくる霊的目覚め)についての情報であり、もう一つはステップ2でやることです。

到達すべき目的地については、こんな説明がありました:

    • 霊的な体験をする(p.65)
    • 自分を超えた偉大な力を見つける(p.67)
    • 自分なりに理解できる神と意識的な関わりを持つ(p.69)
    • 神の存在を意識する(p.74)
    • 信仰を持つ(p.74)

ステップ12の文言にある「これらのステップを経た結果、私たちは霊的に目覚め」とは、12ステップに取り組むことで、私たちがこうした経験を得ることを示しています。そんな経験が本当に可能なのかと疑われるでしょうが、もちろん可能です。ビル・Wやフィッツ・Mのように、あっさりとそういう体験を得てしまう人もいれば、それを得るまでに長い年月がかかる人もいます(こちらのほうが圧倒的多数派)ドクター・ボブは霊的体験を求め続けましたが、それが得られたのは亡くなる直前のことでした。4)

メモビッグブック巻末の付録Ⅱ「霊的体験」では、12ステップに取り組むことで2~3か月で結果が得られると述べています第57回が、それはゆっくりとした霊的変化のプロセスののことを言っているに過ぎず、2~3か月ですべてが完結すると言っているわけではありません。

超自然的な存在

12ステップには超自然主義の前提があります。12ステップやAAの成り立ちを考えれば、それは当然のことです。

医学や心理学はアルコホリズムの問題を解決できませんでした。シルクワース医師の時代にはまさにそのとおりで、彼は医師としてそのことに正直でした(p.11)。AAができた時代には、治療の対象とされたのは最重度まで進行したアルコホーリクだけでした。しかしその後、医学は守備範囲を広げ続け、より軽度の人たちまで「依存症」の範囲に含めて治療の対象とするようになりました。その結果、依存症と診断されながらも自分の意志で酒をやめられる人や、コントロールされた飲酒に戻れる人たちまで現れました第23回。しかし、それによって問題が根本的に解決可能になったわけではなく、現在でも、最重度まで進行し、酒で死んでいく人たちは後を絶ちません。

カール・ユングによる治療すら役に立ちませんでした第60回。医学や心理学が自分たちの病気を解決してくれると期待していたのに、その期待が裏切られたことによる深い絶望がステップ1なのであり、この絶望が12ステップの出発点です。

とは言え、人は絶望していても、生きたいと願うものです。それが当時のアルコホーリクたちを、オックスフォード・グループへと結びつけました。オックスフォード・グループは社会改革運動でしたが、宗教的な手法を採用していました。その実践的なプログラムによって、アルコホーリクたちは宗教的体験と人格的変容(つまり回心)を経験し、酒を飲まなくなりました。

だから、12ステップの根本には科学や理性に対する懐疑第86回と、超自然 的・超越的存在(神)が自分たちの問題を解決してくれたというがあるのです。第四章には、その経験によってもたらされた考えが存分に書かれています――さすがにビル・Wも回心という言葉はアルコホーリクに拒絶されると考えたのか、ビッグブックには使っておらず、この言葉を使うようになったのはもっと後になってのことですが。

12ステップがスピリチュアルなプログラムであるというのは、科学や理性に対する懐疑と、超自然的な存在が自分たちの問題を解決してくれたという経験に基づいているからである。

矮小化

僕はAA内外で12ステップに取り組む人たちを数多く見てきました。そして、人が12ステップに取り組む動機には、ふたつのものがあることに気づかされました。

一つは、回復したいという動機です。この動機で12ステップに取り組む人は、紆余曲折があっても、最終的には何らかの信仰と呼べそうなものにたどり着きます。

もう一つは、「12ステップをやった人になりたい」という動機です。これはAAが12ステップを回復の原理としている団体だからこそ生じる動機です。一般の社会では、12ステップをやっていたからといって高く評価されることはありません。しかし、AA(や他の12ステップグループ)の中では、12ステップをやっている人のほうが、やっていない人より高く評価される――少なくとも高く評価されるはずだという期待があります。

だから、12ステップに取り組み始めた人の話を聞いていると、ステップに取り組むしんどさだけでなく、「一人前のAAメンバー(?)」への階段を上っているという喜びや誇らしさが伝わってくることがあります(実際にはAAには多くの評価軸があり、ステップをやっているかどうかはそのなかの一つに過ぎないのですが)。それだけなら、ただ微笑ましいというだけで害はないのでしょう。

ところで、人間は様々な欲望を抱えています。さらに、人間はしばしば自分自身の欲望に振り回されてしまいます(詳しくはステップ3のところで説明します)。もし、苦労して12ステップをやったのに、周囲からそれほど評価されなかったとしたら、その人は「こんなはずじゃない」という不満を持つでしょう。あるいは望み通りに評価されたとすれば、その人は満足すると同時に、もっと評価されたいという願望を持つようになります(人間とは基本的に欲深いものなのです)。また、同じようにステップをやった他のメンバーと自分を比較して「なんでアイツのほうがオレより高く評価されるんだ!」と不満を持つこともあります。

それらの結果として、12ステップにより熱心に取り組むという正のフィードバックがかかることもありますし、単に自分が12ステップをやったことのアピールに熱心になる人もいます。いずれにせよ、その人たちにとって、12ステップをやって回復したと評価されることが、自己実現の目標になるのです。もちろん、そういった目標を追いかけるのは、まったくその人の自由です。しかし、回復したいという最初の動機から外れてきています。

by NeilLockhart, from iStock

もちろん、そのような逸脱は弊害をもたらします。回復のプロセスは、迷路の中を進んでいるようなものです第77回。AAは宗教ではないので、定まった教義もなければ、共有された神概念もありません。12ステップの解釈や神概念は自分で選び取っていかなければなりません。つまり、迷路の中で自分で道を選んでいくのと同じです。そして、その道はたいてい行き止まりにたどり着いてしまいます。その時は悔しくても、戻って別の道を進むしかありません。12ステップをやっていれば、これの繰り返しになります。(cf. 「12ステップは自由に解釈して良いのか」第81回

数年前、東京のあちこちのAAのミーティングで「スポンサーからいきなり放り出された」という怨嗟の分かち合いを聞いたことがありました。どうやら、あるスポンサーさんが、数人のスポンシーをいきなり放り出してしまったようでした。スポンシーの人たちにとってみれば、なぜ自分がいきなりスポンサーシップを解消され、ステップワークの途中で別のスポンサーを探さねばならなくなったのか分からず、戸惑うばかりだったでしょう。

しかし、僕にはそのスポンサーさんの考えがとてもよく分かるような気がしました。その人は、迷路の行き止まりに突き当たってしまったのでしょう。それ以上進めないのですから、いままでのものを捨てて、別の何かを身に付けなおさねばなりません。その覚悟がその人にはできているわけです。もちろん、行き止まりだと分かっている道をスポンシーたちに教えることはできません。だからもうスポンサーシップは継続できない、と彼らに伝えたのでしょう。自分に正直な人だと感心しました。

ところが12ステップをやった人として評価されたい人は、迷路を戻ることができなくなります。先へ先へと進んだ分だけ、高い評価を得られると信じていますし、先へ進んでいるというアピールも盛んです。その人は、すでに得ている評価を失うことや、これから得られるであろう評価が得られなくなることを恐れます。だから「私にはスポンシーに対する責任がある」などと言い訳して、これまで回復の中で得たものを手放せなくなってしまうのです。

そこまで極端でなくても、行き詰まりを感じながらも、立ち止まり、そこを12ステップのゴールだと自分を納得させてしまう人は少なくありません。こういう人たちの発するメッセージは、スピリチュアリティ(つまり超自然的なもの)を欠き、努力と行動によってここまでたどり着いたことを強調するものになります。努力は裏切らないと信じているだけに、行き止まりであるという真実から目を背けてしまっているのです。

そのような様々な理由で、12ステップに取り組んでいる人たちによる12ステップの説明が、迷路の行き止まり地点を目的地として案内するということがしばしば起こるのです。それはそれで良いのです。皆がその案内に導かれて行き止まりにたどり着き、「なんだ無駄足かよ」とブツブツ言いながら、分岐点に戻って別の道を進む・・それも回復という旅路の一部なのですから。ただ、行き止まり地点が本当の目的地だと誤認してしまうと、回復は起こらなくなります。せっかく12ステップをやったのに、また酒に戻っていってしまう人がいるのはそのためです。

ビッグブックが出版されて以降も、12ステップを解説する本は数多く出版されてきました。その書き手にもやはり、迷路の行き止まりを目的地として案内してしまうリスクがあります(実際にそういうことは起きています)。だから、多くの12ステップの解説書には、AAのビッグブックを読むように読者に勧める文章が含まれています。それは、筆者がこのリスクを自覚していることの表われです。

しかし、ビッグブックを読むことを諦め、それ以外の12ステップの文献が教えてくれる目的地を目指すことを選ぶ人も少なくありません。その行き止まりでそれ以上進めなくなった人たちが、戻ることもできずに、そこに村を作っている・・・起きているのは12ステッププログラムの矮小化です。自分は12ステップをやったのだと自分に言い聞かせながら、それまで得たものを抱きしめている人は多いのです(抱きしめている限り、それは手放せない)

回復したければ、行き止まりで立ち止まらずに、第四章で示された目的地を目指さなくてはなりません。目指すのは、神の存在を経験することです。もし経験できたら、もっと深く経験できるように、さらに先へ進むことです。なぜならそこがゴールだとは誰にも保証できないからです。結局、12ステッププログラムに取り組む私たちにできるのは、ひたすらこの迷路を後戻りしつつ先に進み続けることしかないのです。神はそうやって進み続ける者の問題を解決してくれるのです。

ドクター・ボブはこう述べています:

私たちは、なんらかの信仰を獲得しようと努力しなければならないが、その実現は容易ではない。まして現代社会の価値基準のなかで、物質的なものを追い求めて生きている人たちにとっては、なおさらのことだろう。それでも私は、信仰は獲得できるものだと考えている。それはゆっくりと手に入れることができるし、また、それを育てていかなければならない。ただし、私にとって、それは容易なことではなかった。そして、ほかのだれにとっても、たやすいことではないだろうと思う。5)

ステップ2でやるべきこと

このようなプログラムの目的地の現実を描き出すと、自分には無理だ、とうていそんな境地には至れないと考える人がほとんどでしょう。信仰だとか回心という言葉を聞いただけでぞっとする人もいるでしょう。それで良いのです。それが普通なのですから。

このエントリの最初で、第四章の難しさは、二種類の情報が混在していることだと述べました。一つの情報は、これまで述べてきたように私たちが到達すべき目的地についての情報です。それは、ステップ12に出てくる霊的目覚めでした。

もう一つの情報は、ステップ2でやることです。ステップ2は「自分を超えた大きな力が、私たちを健康な心に戻してくれると信じるようになった」と言っています。自分を超えた大きな力とはハイヤー・パワー(神)のことです。しかし、ステップ2で神を信じるようになったとは言って

何者なのかよく分からないけれども神というものが存在し(それを何と呼ぼうともかまわない)、その「何者か」が自分の問題を解決してくれると信じる・・・ステップ2が要求しているのはそれだけです。

そうやってステップ2を済ませ、さらにステップ3からずっと先へ進んでいけば、あなたはやがて神を信じるようになるでしょう。12ステップで回復した人たちは――それがどんな12ステップであれ――自分で問題を解決したのではなく、人間にはできないことができる「何か」が自分の問題を解決してくれたのだ、と証言します。きっとあなたも同じことを言うようになるでしょう。

ですが、ステップ2では、そんなことは起こりませんし、神を信じることも要求されていません。単に何らかの存在が、あなたの問題を解決してくれると信じるだけのことです。実際に解決してもらうためには、その存在(神)を見つけなければなりません。そのためにはステップ2で、

    • まず神が存在すると信じること
    • その次に、自分は神をきっと見つけることができると信じること

の二つが必要だという話を第78回でしました。これは神を信じることとはので、そんなに難しくないはずです。それが済んだらステップ3に進めば良いのです。

ほとんどの人が、回復したいという動機でステップを始めます。ところが、前述のように、途中から「12ステップをやった人になること」や、周囲からそのように評価されることが目的になってしまう人が少なくありません。そして、その評価を得たり守ったりすることが、回復そのものより大事になってしまうと、霊的目覚めのプロセスは止まってしまいます。AAや自助グループに熱心な人ほど、そういったことが起こりやすいのは皮肉なことです。ましてや、回復施設のスタッフになったり啓発活動に加わったりすると、集団内の評価だけでなく、収入や社会的評価を維持したいという動機が加わるために、ますます回復の中で得たものを手放すことが難しくなり、行き止まりから戻れなくなってしまいがちなのです。

だからこそ、たとえ到達不能に思えたとしても、本来の目的地のことは忘れてはいけないのです。なぜなら、本来の目的地を伝えることもステップ2の持つ機能だからです。

ステップ1(問題)とステップ2(解決)の両方を伝える

ステップ1(問題)とステップ2(解決)は一枚の紙の表と裏のような関係です。紙の表だけを手に入れることができないように、ステップ1だけを受け取ったり、手渡したりすることはできません。

ステップ1の無力(powerless)は絶望(hopeless)と同義であるという話を何度かしました。しかし、単に絶望を提示しただけでは、回復へ向かう意欲は生れてきません。アルコホーリクは何度も酒をやめようとして、そのたびに強迫観念によって再飲酒し、元の飲んだくれに戻っていきます。やがて心理学で言う学習性無力感 に包まれるようになり、酒をやめるための自発的な行動をしなくなります。アルコホーリクの家族も、本人が酒をやめるたびに期待を持つのですが、そのたびに失望に終わり、裏切られたという気分から「どうせこの人はやめられない」と見なすようになります。ここにも学習性無力感があります。ジョー・マキューの言うように、アルコホーリクは酒場でステップ1を実行しているのです。6)

ところが絶望だけが存在している状況を人間は受け入れることができません。そこで否認 という防衛機制 が働いて、問題の存在を拒否するようになります。例えば、アルコホーリクは、自分の酒はまったく問題が無いとか、やめる気になればいつでもやめられると大言壮語します。アルコホーリクの家族は「本人にやめる気が無いからやめられないのだ」という理屈を使います――やめる気があってもやめられない病気という現実を拒否しています。

だから、ステップ1は、アルコホーリクがすでに分かっていることを、もう一度提示します。ステップ1によって私たちは絶望的な現実事実ファクトに再び直面します。しかし、それだけではまた否認と無気力のなかに戻ってしまいます。だから、ステップ1と同時にステップ2も提示されなければなりません。

自分では何をやっても再発は防げなかったけれど、自分を超えた何らかの「力」がその問題を解決してくれるという情報が、学習性無力感を打ち破り、もう一度問題に取り組む意欲をかき立ててくれます。ステップ1が絶望を伝えるステップであるならば、ステップ2は希望を伝えるステップです。

ビル・Wは、ステップ1の情報をシルクワース医師から伝えられただけでは、酒をやめることはできませんでした。しかし、そこへエビー・Tがやってきて、ステップ2の情報を伝えました。それによってビルの回復への意欲がかき立てられました。それは、ビルの中にステップ1とステップ2の両方の情報が揃ったからです(pp. 18-19)

ステップ1と2はセットにして伝えられなければならないものなのです。

AA=怪しい集まり

先ほど述べたように、AAの根底には超自然主義があります。自然界の法則を超えたことを信じるわけですから、そこにはある種の怪しさがつきまといます。その怪しさを完全に拭い去ってしまったら、それはもう12ステップでもAAでもなくなります。AAのスポンサーたちは、何の訓練も受けておらず、専門的資格も持っていない素人です。そんな素人たちがプログラムを提供しているにもかかわらず、スポンシーたちに回復が起きるのは、スポンサーたちが心理療法を施しているのではなく、超自然的な何らかの「力」が癒やしを(両者に)もたらしてくれるからです。

もし仮に、12ステップやAAから怪しさを拭い去って、科学的手法(精神医学や心理学)へと転換できたとすれば、そこには素人スポンサーの存在できる余地はなくなります。もっぱら職業的専門家たちが提供するものになってしまうでしょうし、そうなれば私たちがAAミーティングをやる意味もなくなってしまいます。

だから、AAや12ステップから、超自然的なものや、祈りや黙想といった宗教的な要素を取り除こうとするのは、自分で自分の首を締めるようなものです。むしろ、そういった要素を避けずに、真っ正面から取り組んでみれば、それほど難しいことではないことが分かるでしょう。AAが「怪しげな集まり」であり続けることが、AAの存続を確かにするのです。

神は自らを私たちに対して開示してくれる

ようやく第四章の終わりにたどり着きました。

 このように、神は私たちを正しい気持ち(right minds)に戻してくれる。彼の場合、その救いは突然現れた。もっとゆっくりと時間をかけて救いが現れる人たちもいる。しかし神は、心から(honestly=純粋に)求める人たちのところには、必ず来てくれる。7)

ここにも、突然の霊的体験と、時間をかけた霊的目覚めの両方が挙げられています。しかし、どちらであれ、純粋(honestly)に求めるすべての人のところに、神は来てくれるのです。

私たちが神に近づこうと努める時、神は必ず私たちの前に現れる。7)


When we drew near to Him He disclosed Himself to us!8)

disclose というのは、明らかにする・開示するという意味です。私たちが神に近づこうとすれば、神は自らを私たちに対して開示してくれるのです。(原文は経験として語られていますが、翻訳からは経験であるニュアンスが消えています)

私たちは、あらかじめ神が何であるかを説明しません。なぜなら、あなたがどんな神を見つけるかは、私たちには予測できないからです。あなたが神を見つけ出すことができれば、神自身が神とは何であるかを示してくれるでしょう。

今回のまとめ
  • 第四章には、私たちが到達すべき目的地(霊的体験)についての情報と、ステップ2でやるべきこと、という二つの情報が混在している。
  • 目的地についての情報に接すると、自分には無理だと思ってしまいがちだが、ステップ2ではステップ2でやるべきことだけやればよく、それはそれほど難しいことではない。
  • 12ステップに取り組む目的が、回復することではなく、別の目的にすり替わってしまうことはよくある。
  • その結果として、迷路の行き止まりから戻れなくなる人は多く、回復そのものがスポイルされてしまう。
  • だからこそ、本来の目的地を意識することも大切である。

  1. AA, AAは初めてですか?AA日本ゼネラルサービス (aajapan.org)  []
  2. 初版には29の体験記が掲載されていたが、改版されるたびに体験記の入れ替えが行なわれるために、初版から現在の第4版まで掲載され続けている体験記は3編のみにすぎない。それは「ドクター・ボブの悪夢」、アーチー・T(Archie T.)の「恐れを克服した男」(日本語訳は『アルコホーリクス・アノニマス 回復の物語 Vol.2』に収録)、フィッツ・Mの「南部の友」(Vol.4に収録)である。 []
  3. BB, p.83 [] []
  4. DBGO, 第26章 []
  5. DBGO, p.449 []
  6. ジョー・マキュー(依存症からの回復研究会訳)『ビッグブックのスポンサーシップ』, 依存症からの回復研究会, 2007, p.51 []
  7. BB, p.83 [] []
  8. AA, Alcoholics Anonymous: The Story of How Many Thousands of Men and Women Have Recovered from Alcoholism, AAWS, 2001, p.57 []