ビッグブックのスタディ (116) 行動に移す 8

この「ビッグブックのスタディ」第1回を公開したのは2019年の12月でした。それからもう4年も経過し、100回を超える長大な連載になってしまいました。それもあと数回を残すばかりです。今回はステップ10です。

ステップ9を続けながら

ビッグブックのp.121です:

 これが第十ステップにつながっていく。ここでは自分の棚卸しをし続け、誤りを犯したときは、すぐにそれを正していくことが提案されている。私たちは過去を精算して、力強くこうした生き方を実践し始めた。1)


This thought brings us to Step Ten, which suggests we continue to take personal inventory and continue to set right any new mistakes as we go along. We vigorously commenced this way of living as we cleaned up the past.2)

ステップ10は、大まかに言えば、継続的に棚卸しを行い、間違いが見つかったら、それを正す(=埋め合わせをする)ことです。「過去を精算して」と訳されていますが、原文は as we clean­ed up the past なので、「過去の掃除を続けながら」という意味です。すなわち、ステップ9の埋め合わせを続けながら、ステップ10に取り掛かりなさい、ということです。

日本語訳には現れていませんが、原文にはcontinue(継続する)という単語が二回登場しています。これについては後で取り上げます。

霊的な世界に入る

その続きです:

私たちは霊的な力の中に入った。1)


We have entered the world of the Spirit.2)

「霊的な力」と訳されていますが、原文は the world of the Spirit(スピリットの世界)です。霊的な存在の世界に入るとはどういうことなのでしょうか?

ステップ4から9は「自分自身の掃除」と表現されていました第102回第109回。私たちはステップに取り組むまで、自分の内面を掃除する方法を知りませんでした。だからそれはずいぶん汚れてごみ屋敷 のようになっていたはずです。それを掃除したおかげで、自分と内なる神との間を邪魔していた障害物が取り除かれ、私たちは神(=スピリチュアルな存在)と触れ合うことができるようになりました。

では、その掃除は誰が行ったのでしょうか? もちろん、棚卸しや埋め合わせに取り組んだのは私たち自身でした。しかし、自分が掃除を行ったのだと信じているのであれば、プログラムはまだ十分な効果をもたらしていない、と言わざるを得ません。なぜなら、その人は、自分の得たものは、自分の努力の結果だと思っているからです。

私たちは自分の内面をゴミ屋敷にする原因になった「古い考え」を手放さなければなりません(p.85, 第90回。古い考えとは「自分の問題は自分で解決できる」という考えでした(p.77, 第83回。言い換えれば、自分の問題は自分で解決するしかない、と私たちは考えてきたのでした。だから何でも自分で解決しようとし、自分の手に余る問題からは目をそむけて生きてきたのでした。

そんな人間が初めて掃除をやり終えたのですから、自分の成し遂げたことを誇らしく思うのは当たり前かも知れません。しかし、これまでできなかったことが今回はできたのには理由があるはずです。

スポンサーは手助けしてくれたでしょうし、同じグループの仲間に支えられた面もあるでしょう。確かに彼らは助けてくれました。しかし、スポンサーは自分自身のために自分を道具として差し出してくれたにすぎません。スポンサーや他の仲間があなたに代わって掃除をしてくれたのではないのです。

私たちは祈ることでステップ3を行いました第101回。ステップ4では、恨みや恐れに対処するために、また性の問題について導きを得るために、神の助けを求めて祈りました第104回第106回第107回。ステップ6と7では、自分の欠点を取り除いてくださいと神に願って祈りました第111回第112回。ステップ8では埋め合わせをする意欲を与えてくださいと祈りました第113回。そしてそのたびに必要なものが与えられ、私たちは前へ進んできました。

私たちがステップ10まで到達できたということそのものが、「神に頼ってやってみたらうまくいった(p.77)の実例なのです。私たちは自分のやるべきことをやりました。しかし、その他のことはすべて自分を超えた偉大な力がしてくれたことです。私たちは自分の力では棚卸しをすることも、埋め合わせを行うこともできませんでした。そのことを認めるべきです――それが謙虚さとか正直さというものです。また、自分の力でできるようになる必要もありません。これからも神を頼りにし続ければ良いのですから。

私たちはステップ2で、「神が存在する」ことを選びました(p.69, 第78回)(p.78, 第84回。その時点で神の存在について確信があったわけではなく、自分を助けてくれる何かの力が存在して欲しいと期待しただけでした。しかしステップ10まで来た私たちは、その「力」が自分を助けてくれたことを知っています。それはもう単なる知識や願望ではなく、経験した事実なのです。

一生続けていくべきこと

続きです:

次の課題はよりよく理解し、より一層役に立つ人間に成長することである。1)


Our next function is to grow in understanding and effectiveness.2)

謎な翻訳になっていますが、直訳すると、私たちの次の任務は理解と有効性を向上させることです。つまり、もっと深く12ステップを理解し、その実践の有効性を高めていくことです。

これは一晩でどうなるという種類のものではない。生涯続けていくべきことだ。1)

ステップ9までは、ビッグブックはステップに次々と取り組んでいくように指示していました。例えば、p.92には「その決心にすぐ続いて・・・」と、ステップ3の決心を終えたらすぐにステップ4に取り掛かるように指示がありました。ステップ4の棚卸表ができあがり、話し合う相手が決まったら「一秒たりとも無駄にせずすぐに」ステップ5に取り掛かるように指示がありました(p.108)。ステップ7が終わったら、「今こそ」(つまりすぐに)埋め合わせを始めるべきだとありました(p.110)。この調子で進んでいけば、ステップ12まであっという間に到達し、12ステップを「終える」ことができそうな気がしてきます。

しかし、ここでは「これを生涯続けていきなさい」と明言しています。具体的には、私たちはステップ10・11・12の三つのステップを一生続けていくことになります。

ステップ10の中身

では、ステップ10では具体的には何をすれば良いのでしょうか?

わがまま、不正直、恨み、恐れをチェックしていく。1)

これはステップ4に相当します。

そのなかの一つでも持ち上がってくれば、神にすぐに取り除いてくださいと祈る。1)

欠点や短所を神に取り除いてくださいと頼むのは、ステップ6・7でした。

すぐに誰か別の人と話し合って、・・・1)

これはステップ5に相当します。

人を傷つけてしまったときは、・・・素早く埋め合わせをする。1)

これはステップ8・9です。

自分自身の掃除

これが「ステップ10では新しい情報は何もない」と言われるゆえんです。ステップ10で行うべきことは、すでにステップ4~9で説明されているのです。

掃除を続けていくことの必要性

掃除機をかける男性
from いらすとや

私たちは自分の内面にたまった障害物を取り除くことで、内なる神と触れあうことができるようになりました。

しかし、どんな掃除であれ、一回掃除すれば十分ということはありません。現実の掃除を考えてみれば分かるはずです。大掃除によって部屋をきれいにできたとしても、掃除が終わった瞬間からその部屋は汚れだします。閉め切った部屋でも、どこかのすき間から埃が入り込んできて積もっていきますし、ましてやその部屋で暮らしていればあっという間に汚れていきます(掃除機もかけず、ゴミ捨てもしなければ当然そうなります)。

そしてそれは私たちの内面も同じです。ステップ4から9の大掃除によってきれいにできたとしても、ステップ10の掃除を続けていかなければ、遠からず元の状態に戻ってしまいます。だから、先ほど「生涯続けていくべきことだ」とあったように、これは一生続けていくほかないことなのです。

121ページのこの段落では continue(継続する)という単語を四回も繰り返し使って、継続することの大切さを伝えています。

12ステップというものは「終わらない」ものなのです。だから「私は12ステップをやりました」と過去形で語る人には要注意です。終わるはずのないものを「やった」と語っているわけですから。試しにその人に「では、あなたはいつ頃ステップを『やった』のですか?」と尋ねてみれば、例えば「3年前にやりました」などという答えが返ってくるかもしれません。確かにその人は3年前に掃除をしたのでしょう。しかし、その後掃除をしていないのであれば、今ごろその人の内面は元の状態に戻っているでしょう。誰だって、3年間掃除をしていない部屋に招かれたいとは思わないはずです。

だから「あなたは12ステップをやりましたか?」という質問には、「いまもやってます」としか答えようがないのです。

また、最初のステップ4から9の掃除で、きちんと掃除ができずに汚れやゴミが残ったとしても、その後もステップ10で掃除を続けている人の内面は次第にきれいになっていくでしょう。だから、ステップ4・5の棚卸しが徹底していなかったとしても、気にする必要はありません。むしろ、ステップ10を続けることが「徹底してやる」(p.85)ことだと言えます。

極端に言えば、これまでやってきたステップ4から9は「掃除の練習」であり、ステップ10が本番の掃除なのです。

掃除をする頻度

ところで、「掃除」はどれぐらいの頻度で行えば良いのでしょうか? 「日々の棚卸し」やデイリー・インベントリー(daily inventory)という言葉があるので、一日に一回行うことだと、しかも、夜寝る前に一日を振り返って行うべきだと考えている人が多いように思います。

実は、ビッグブックのステップ10の解説には頻度についての記述はありません。だから、一日一回が正解だとも言えませんし、間違いだも言えません。しかし、それでは情報が少なすぎるでしょう。AAのテキスト『12のステップと12の伝統』のステップ10の章では頻度についてこう述べています:

棚卸しはどれも原則的には同じだが、いつするか(time factor)によってひとつひとつ区別される。まず、・・・自分が混乱していると思ったときただちに(at any time of the day=一日の中でいつでも)行なうスポットチェックという棚卸しがある。また、一日の終わりに、過ぎた時間の出来事をふり返りながらする棚卸しがある。・・・一年ごとに、あるいは半年ごとに大掃除をしているAAメンバーが多い。3)

このように、

    1. 一日の中でいつでも行うスポットチェック
    2. 一日の終わりにその日を振り返って行う棚卸し
    3. 定期的に行う大掃除

の三種類が挙げられています。

このなかで、最も重要なのは2.の一日の終わりの棚卸しではなく、随時行う1.の棚卸しでしょう。例えば僕が一日のなかで午前10時に同僚と職場でトラブルを起こしたとします。それによって僕のなかには恨みや罪悪感が生じてきます。一日の終わりにその日を振り返って棚卸しを行えば、午前10時のトラブルでの自分の誤りを見つけることができ、翌朝その同僚と会ったときに自分の誤りを認めることができます。しかし、これはあまり良いやり方とは言えません。なぜなら、トラブルが起きた午前10時から、翌朝同僚と会うまで、24時間近くにわたって、恨みと罪悪感を抱え続けなければならないからです。

それよりも、トラブルが起きたら間を置かずに、一人になれる場所を見つけて冷静になって棚卸しをし(必要なら誰かと相談しても良い)、自分の誤りが分かったら、同僚の席に行って声をかけ、自分の誤りを認めて頭を下げれば、その件の掃除は済んでしまいます。そのことに悩まされずにその日の仕事に集中できます。その日の夜まで棚卸しを延期する理由はありません。

チョコレートのかけらを床に落としてしまったら、次に掃除機をかけるときまでそのまま放っておく必要はありません。手で拾ってゴミ箱に捨ててしまえば良いのです。なのに、あとで掃除機をかけるからと放置しておいて、溶けたチョコレートを踏んづけて面倒な思いをするのはバカらしいことです。

ステップ10の棚卸表

ビッグブックには、ステップ4・5で使う棚卸表の例がpp.94-95に載っています。この表は第三列までしかありませんが、このブログではジョー・マキューたちの提案している第四列まである棚卸表を紹介してきました。

では、ステップ10ではどのような表を使えば良いのでしょうか? ビッグブックはステップ10で使う表を提示していません。だから私たちはどんな表を使っても良いのでしょうが、最初はステップ4・5で使った形式の表をステップ10でも使い続けるのが良いと思います。使い方に慣れていて、新たに何かを学ぶ必要が無い、という利点があります。

おそらく数ヶ月間、日常的に棚卸しを続けていれば、あなたは棚卸表の書き方に習熟し、自分自身の欠点のパターンについてよく分かるようになるでしょう。そうなれば、もはや紙に書く必要は無くなり、頭の中だけで棚卸しが完結できるようになります(頭の中に表を思い浮かべて、それに書き込んでいる人が多いようです)。最初は誰もが棚卸表を書く必要があるのですが、習熟することで紙に書かなくても棚卸しができるようになっていくのです。

それでも、頭の中だけでは棚卸しが十分にできない案件があるときや、他の人に相談する時、定期的な大掃除の時など、紙の表を書くことが役に立つこともしばしばあります。

ステップ10の約束

122ページの2行目から始まる長い段落は「ステップ10の約束」と呼ばれます。前回説明したステップ9の約束が、私たちの精神的な変化を取り上げていたのに対し、ステップ10の約束はアルコホリズムが解決するという約束になっています。

 私たちは何ものとも、誰とも、ましてアルコールとも戦うことをやめた。なぜなら、ここまで来れば健康な判断力sanity=正気・健康な心)が戻っているからである。4)

私たちはステップ2で、自分を超えた力(神)が私たちを正気(sanity)に戻してくれると信じてプログラムに取り組み始めました。その期待通り、私たちから強迫観念という狂気が取り除かれ、正気を取り戻すことができました。

アルコールにはめったなことでは関心を起こさなくなる。誘惑を感じても、私たちはまるで熱い炎から後ずさりするように、身を引く。私たちは分別を持って(sane=正気で)、正常に反応し・・・4)

第二章ではアルコホーリクを「熱いストーブの上には手をのせないという防御の感覚が、完ぺきに抜け落ちてしまっている」と描写していました(p.37, 第59回。火傷すると分かっていてもストーブに触ってしまうような強迫観念が取り除かれた結果として、酒からの誘惑を感じたとしても、自然に酒を避けることができるようになりました。

私たちはまったく酒に誘惑されなくなるわけではありません。飲みたい誘惑(飲酒欲求と呼んでも良い)を感じることもあるでしょうが、誘惑や飲酒欲求の存在はまったく問題ではなくなるのです。――このことは飲酒欲求は強迫観念とは違うものだということを示唆します。

しかもそれが自動的に自分の中で起こっていることに気づく。アルコールに対する私たちのこの新しい態度は、私たちが特に考えも努力もしなかったのに与えられたものであることがわかるだろう。ただそうなった!これこそが奇跡(miracle)なのだ。4)

私たちはアルコールに対する新しい反応を身に付けたのですが、それはそうした反応を身に付けようとした直接の努力の結果ではありません。アディクションの治療法のなかには条件反射制御法のように、対象に対する反応に直接アプローチする方法もあります。しかし、12ステップはそれとは全く異なっています。ステップ1ではこの病気のことについて学びましたが、ステップ2以降はそこから離れ、もっぱら私たちの精神的・霊的な面にアプローチしてきました。身体のアレルギーと精神の強迫観念の組み合わせという病気に対して「霊的な解決」(p.xxxiii)を求める、という一見したところ的外れなアプローチが、ステップ10で成果をもたらすのです。

私たちはひたすら神との関係を取り戻すプログラムに取り組んできました。障害物が取り除かれた結果として、「偉大なる力」の働きによって強迫観念が取り除かれ、私たちはアルコールに対する新しい反応を手にしました。(cf. ビル・Wに問う (3) なぜAAは効果があるのか これこそが奇跡(miracle=神の行い)なのです(p.17, 第41回

懸命に戦っているのでも、誘惑を避けているのでもない。中立状態の、安全に保護された場所に置かれたように感じる。・・・これは私たちの体験である。霊的な状態を保ち続けてさえいれば、私たちはそうなる。4)

12ステップは、アルコホーリクが酒をやめる手段として提供されているものです。では、ステップをどこまでやればアルコホリズムが解決できるのか? という疑問を持つ人がいますが、その答えがここにあります。ステップ10を続けていれば、やがて私たちの酒の問題は解決されるのです。

ただ、私たちの回復や私たちのソブラエティは、私たちが努力して勝ち取ったものではありません。それは与えられたものであることを忘れてはなりません。

毎日の執行猶予

次の段落に進みます:

霊的な行動のプログラムを中止し、自分の力で良くなったのだと思う(rest on our laurels=現在の状態に満足する)のは簡単だ。だがそれは問題が起こるほうへ一直線に向かっていることである。4)

「もう自分は十分に良くなった」と考える人は少なくないようです。これ以上のことは望まず、現状が維持できれば十分だと思うのは無欲な姿勢に見えますが、それがスリップへの近道なのです。

現状を維持するには成長を続けなければなりません。この世の中にあるすべてのものは、成長を続けているか、そうでなければ衰退しつつあるかのどちらかです。成長しないように見える盆栽も、ゆっくりと成長を続けています。まったく変わらないように見える岩石も、風雨に浸食され少しずつ風化しています。永遠に輝き続けるように見える太陽も、遠い未来の終焉に向かってゆっくり衰退しています。新築の家も、完工した途端に劣化が始まり、補修をしなければ住めなくなってしまいます。私たちの回復も同じです。現状を維持したければ成長を続けるほかないのです。

アルコールは巧妙な敵だ。私たちのアルコホリズムは治ったのではない。霊的な状態をきちんと維持するという条件で、毎日執行を猶予(reprieve=死刑執行を延期)されているだけなのである。4)

確かに私たちはアルコールから解放されましたが、問題が抜本的に解決されたわけではありません。ビル・Wも「私たちにはどんな制約もないなどと、たとえ一瞬でも考えるのはやめましょう。現に、私たちは強力な制約のもとにおかれています。――ボトルの中に入っている強制力です。私たちの以前の専制君主であったアルコール王は、もう一度私たちにつかみかかろうと手ぐすねひいて待ち構えているのです」と述べています。5)

酒を飲まなくなったからといって、私たちがアルコールに対して無力でなくなったわけではありません。私たちは相変わらずアルコールに対して無力なままです。ただ私たちに代わって「偉大な力」が、その問題を解決してくれているだけなのです。私たちアルコホーリクには常に二つの力が働いていることを忘れないようにしましょう――一つは私たちを導いてくれるハイヤー・パワーであり、もう一つは私たちを破滅へと引っ張るアルコールという力です。そのどちらも、私たちを超えた力なのです。

神との接触

さて、つまるところステップ10も掃除でした。掃除をしても、私たちの内面にある障害物が完全に取り除かれることはおそらくないと思われます。しかし、掃除が行われたことによって、私たち(自分)と内なる神とが部分的にでも接触(contact)できるようになってきているはずです。

人生(生活・生命)の三つの次元(構成要素)それは、神と触れ合う(contact)ことで神の意志を受け取る準備が整ったということです。私たちはステップ3で「意志と生き方を、自分なりに理解した神の配慮にゆだねる」決心をしました。私たちは、勝手に引き受けていた演出家の役目を返上し、それを神に引き受けてもらうことにしました。私たちは指示(direction)を出す側ではなく、受け取る側に回ることにしたのです。神からの指示を受け取って、それに従って生きていくというのが、ステップ3で決めた私たちの目標であり理想でした第100回第101回

その理想の実現を阻害していた障害物は取り除かれつつあります。ならば後は、「神の意志を受け取る」という私たちの実践があれば良いだけです。そのための手段として、12ステップは祈りと黙想を提案しています。

というわけで次回はステップ11です。

今回のまとめ
  • ステップ9の埋め合わせを続けながら、ステップ10を始める。
  • ステップ10~12は生涯続けていくことで、12ステップに終わりはない。
  • ステップ10は、ステップ4~9を繰り返していくこと。
  • 一日の終わりの棚卸しまで問題を持ち越すのではなく、一日の中でいつでも掃除(ステップ4~9)に取り組む。
  • ステップ10を続けていくと、アルコールの問題が解決される。

  1. BB, p.121 [] [] [] [] [] [] [] []
  2. AA, Alcoholics Anonymous: The Story of How Many Thousands of Men and Women Have Recovered from Alcoholism, AAWS, 2001, p.84 [] [] []
  3. 12&12, p.120 []
  4. BB, p.122 [] [] [] [] [] []
  5. AA『ビルはこう思う』, AA日本ゼネラルサービスオフィス, 2003, 134 []

2024-01-16ビッグブックのスタディ,日々雑記

Posted by ragi